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小説「Webtoon Strokes」11話

コミックアングルの初のオリジナルウェブトゥーン作品、

「転生したら円卓の騎士でした」

がリリースされる日が近づいて来た。

担当編集者の木村の目からして作品の質は合格点。カラーも仕上げも他社の現行作品と見比べても見劣りしない。後はどう売り出すかが編集者として重要なポイントなって来る。コミックアングルは新興のスタジオの為ブランド力も無い為、レーベルとして売り出す際に多くのユーザーへどう届けられるかがヒットの鍵となってくる。

その際に、ウェブトゥーンの電子配信の手法として、一つのプラットフォームへの独占配信という方法を考えていた。ある期間内、作品をそのプラットフォームでしか読めない作品として取り扱い、その分バナーやポップアップ画像などを制作してPF内で目立つ様にしてもらい、読者から作品への動線を引くのだ。この手法は作品を読んでもらう為にはとても効果的であるし、寧ろそういうプロモーション無しにPFにある既存の1000を超えるウェブトゥーン作品の中から読者の目に留めてもらい実際に読んでもらう事は不可能に近い。

その為に木村は「円卓」のリリースに合わせて、女性向け作品に強いPFの編集部と以前からコンタクトを取り、独占配信で大々的に取り扱って貰う座組みを考えていた。バナーの制作なども着実に進み、プロモーション活動も順調にいっていたある時、編集長の谷口に呼び出された。

谷口は大手出版社から社長の新庄から直々にヘッドハンティングされた人物だった。過去には版面漫画でヒットも飛ばし、アニメ化になる様な作品の立ち上げも担当していた。しかし、優秀な編集者にありがちな個性的な性格を持ち合わせており、周囲からは協調性が足りないと思われていた。谷口自身社内での扱いは決して良くないと感じており、自分のキャリアを考えていた所に、偶然新庄社長からウェブトゥーンの編集長の誘いがあった。ウェブトゥーンの存在は知っていたし、新しい表現に抵抗感のない谷口にとってそれは新しいチャレンジとしてやる価値のある仕事に思えた。しかし、版面漫画を10年弱作って来た谷口はいざウェブトゥーンの現場に立った時に、困惑を覚えた。版面漫画とウェブトゥーン、横と縦、という単純なコマ割りの違いはさることながら、各話の分量、緩急の付け方、情報量の違い、キャラクターの立て方、等、やればやる程版面漫画とは違う文法で作られている事に気がつくのだった。それは逆に、谷口が優秀な版面漫画の編集者である事の裏返しだったのかもしれない。

編集者の大半は自分の担当した漫画の成功体験を元に、次回作以降のヒット作へのメソッドを組み立てていく。しかし、谷口はその版面漫画での成功の法則がウェブトゥーンでは通用しない事を直感的に感じ取った。手探りに近いウェブトゥーン制作の中、それでも面白い作品を生み出したいと思っていた。

そんな谷口へ、新庄社長からメッセージが送られてきた。

「「円卓」はリリースは独占配信では無く、色々な電子書店に同時発売する。」

それは配信開始の2週間前であり、既に独占配信の準備は進んでいた最中の事であった。その計画を反故にして、他書店でも販売する?

これは余りにも大きな路線の変更であった。まず、配信予定だったPFとの調整。そして、これから他書店に対する営業、電子取次の手配。制作に関わってくれた各作家への説明責任。思いつくだけでも、膨大な作業と労力が必要になる事が予想された。

しかし、新庄の決断に対して異議を唱えられる者など社内には存在しない。相談では無く、決定事項を実行しろと言う通達である。従うしかない。

新庄の考え方は全国の家電量販店になるべく多く商品を仕入れさせるという、極めてフィジカルな手法を元にしていた。ゲームにしてもコミックにしても、既にアプリが主流で、まずAndroidかiPhoneのOSを選びインストールするところから始まる。巨大なPFの中からコンテンツを選び楽しむと言うのがデジタル時代の流通の仕方と言える。

コミックの業界においてはリアル書店の数にはとても比べ物にならないが、電子書店がいくつか存在する。其々のPFにユーザーの特性は見られるものの、多くのユーザーに読んでもらうと言う意味では、各電子書店を恒常的に利用している読者にアピールする事は必ずしも間違いではないかもしれない。しかし、それは薄く広く面を取る、という手法であり、デジタルコミックの販売の仕方に適しているのかは疑問点もある。

とは言え、新庄はその方向に舵を切った。彼の思想は単純である。各書店でランクインすればその分話題になり、ヒットする、というシンプルなものだった。

新庄からの勅命を受けた谷口と、木村は急いで販売の方向転換を余儀なくされた。

木村はより、現場に近い立場で制作やプロモーションにが変わって来た。作家やスタッフへの想いが強い為についこの決断に対して自分の意見を発言してしまった。

「社長、ウェブトゥーンに関してはやはり特定のPFで独占販売期間を設けてから、その後外販に回した方がヒットの確率は上がると思います。」

その言葉を聞いた新庄の顔から静かに血の気が引いた。

「俺は経営のプロだ。そのやり方に意見するんだな。木村、お前は担当編集者を外れていい。今日から別の仕事を担当してもらう。」

木村の意見は却下され、社長の方針に従わない者として、編集助手に降格されることになった。たった一言が木村の人生の軌道を変えた。リリースに漕ぎ着けるまで約一年間、心血を注いで制作に打ち込んできた。木村は愕然とし、その場で膝から崩れ落ちた。

そして、いよいよ、作品のリリース日。独占販売を辞めた「円卓の騎士」は各電子書店で販売されたが、大きくバナーなどでプロモーションされる事はなかった。それでも新庄の自身は揺るがなかった。ウェブトゥーンにしろ、電子コミックにしろ、初日の初動が最も大事である。国内大手のPFのランキングをチェックしていた新庄と編集長の谷口。2人の目はお互いのスマートフォンに釘付けになった。

「円卓の騎士」のランキングは初日70位。
ヒット作の初速としては余りに低い順位だった。