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無限交差

「ねぇ、どうして私じゃないの?」

私は彼に必死に問いかけても、ただただ俯くばかりで、私の目なんて見ようとしなかった。
私が必死になればなるほど、彼はだんだんと不機嫌になり、とうとう舌打ちをしたかと思うと、私の手を無理やり振りほどき、放課後の教室を出ていってしまった。

振りほどかれた私は尻もちをつき、もはや彼を追う気力も残っておらず、出ていく彼の姿を見送るしかなかった。

一体何がいけなかったのだろうか。

彼が白が好きといえば、白くなり、ここに行きたいといえばついていった。
本当は黒が好きだし、インドアだから、苦痛でしかなかったけれども、そんなもの、彼への愛情に比べてしまえば微々たるもの。

彼のために身体も許した。唇も捧げた。
私が出来うる全てを、彼に差し出した。

それなのに、どうしてこんな結末になるのだろう。
彼は他の女の元へと逃げた。
私が怖いだのうざいだのと言いふらし、私を侮蔑しながら消え去った。

彼は一途な女が好きだといった。
無垢で純真な女が好きだといった。

私はそんな言葉にころりと騙され、安易に一途を演じた。
彼を好きだという気持ちが、だんだんと好きでなくてはならないという気持ちに変わっても、私は一途を演じ続けた。

すでに、素の私と演者の私の区別すらつかなくなっていた。
表と裏がぐちゃぐちゃになって混ざり合い、捻じれ、毎日のように私の中を無限に行き来する。

これではまるで終わりなき、メビウスの輪のようだ。

この輪を断ち切るためには、全てを終わらせるほかなかった。
私は履いている上履きと靴下を脱ぎ、素足になる。
教室の窓を開け、ベランダへ出ると、塀の上の手すりまで登り立ち上がった。

ばいばい、世界。
ばいばい、愛した人。
ばいばい、私。

私は4階の教室から真っ逆さまに飛び降りた。

真っ黒な闇が、私の目の前を覆っていた。

私は死んだのだろうか?
ここはあの世だろうか?

私が目を開けると、そこには彼が立っていた。
私自身は彼に向って何かを叫び、彼はただただ俯いていた。
そして私が彼の名前を呼ぶと、彼は舌打ちをして、私の手を振りほどいて教室を出ていった。

私は尻もちをつきながら、彼を見送った。

あれ?
この景色どこかで見た。
どこで見た?

私の身体は、私の思考とは裏腹に、上履きと靴下を脱ぎ、素足になった。

あれ?私このまま、ここから飛び降りるんだ。
身体はいうことを聞くことなく、教室の窓を開ける。
心でやめてと叫んでも、身体が動きを止めることはない。
ベランダの手すりに立ち上がり、ふと下を覗いた。

「あぁ、あああ!あああああああああ!!!!!!」

4階から覗いた下の石畳には、もう何重という私の頭が潰れた死体が無造作に転がっている。

「やめて!やめてよ!ねぇ!」
私が叫んでも、身体は前へ前へと飛ぼうとする。
まるで、見えない手に引っ張られているような、そんな感覚だ。

「死にたくない?」
後ろから誰かの声がした。
少女のような陽気な声だ。

「いやだ!いやだ!!!!」
私は必死に泣き叫んだ。
もう少女でも誰でもいいから、私を助けてほしい。

「ふふ、でも身体は死にたがっているよ?」
少女は笑った。

「そんなことない!」
私の叫び声が、喉を裂き、思わず口から血の痰が吐き出る。

「自分でもわかってるんでしょ?もう戻れないって」
少女は私に近づき、そうして背中にぴとりと張り付いた。
少女の手は冷たかった。まるで氷に触れているかのような、そんな冷たさだ。

私は声を出すことが出来なかった。
そうだ、私はここから飛び降りたんだ。
夢じゃなく現実で。

「でもね、あなたの無限は続くのよ。永遠にね」
少女は私の耳元で囁き、背中を押した。
私はそのまま地面へと叩きつけられ、目の前が真っ暗になった。

一体ここはどこなんだ。
なんだか耳元が騒がしい。

私は真っ暗の闇の中、目を開けた。
そこには、見慣れた放課後の教室と、俯く彼の姿が立っていた。

おわり。

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