イギリス出張 Part2: Clubs Conference に参加してきた
先日の Raspberry Pi Global Partner Meetup に引き続き、11/30-12/01 に Clubs Conference に参加してきた。Partner Meetup の記事はこちらから。
こちらのイベントは、CoderDojo や CodeClub の運営者やメンターがそれぞれの知見をシェアしたり、ディスカッションしたり、ワークショップがあったりと色々盛りだくさんなカンファレンス。子ども向けではなく大人向けのイベント。日本では DojoCon Japan がその役割を担っている。
同じ時間帯に様々なセッションがあったので当然すべてに参加出来たわけではないけれど、僕が参加したセッションの様子を簡単に紹介していこうと思う。
Day1 11/30
Centering Learner’s Identities in Your Code Club
このセッションでは、子どもの様々なアイデンティティを中心にしながら学習を進めることの重要性についてディスカッションしていた。
日本では「アイデンティティ = 個性」のような捉えられ方をされてしまうが、この文脈における identity はより多義的である。
ここでは、identity を Geographical:地理的(エリアや場所), Social:社会的(人々), Institutional:制度的(社会的制度, 伝統), Practical:実践的(日々の活動), Existential:実存的(性格), Ideological:イデオロギー的(信念), Cultural:文化的(人工的なものや文字)の7つに整理していた。それぞれが個人のアイデンティティの土台(fund)になっている。だからこそ、「子ども」と一括りにするのではなく、様々な背景に目を向けた上で活動を行っていくべきという。
僕はもちろんこの考え方にはアグリーである。しかし、子どもの多義的な側面に目を向けるのは簡単なことではない。CoderDojo に来る子たちは多様な背景を持っており、そこには触れられたくないようなことだって含まれている。わたしたちは目を向けると同時に、見たうえでそれを包摂するような関わり方をしなければいけない場面もあるだろう。これは口で言うほど簡単ではないのだ
その後、それぞれの要素をプログラミングで作品化することで表現していく具体的なアクティビティの例が紹介された。
例えば、地理的なアイデンティティを表現するためのプログラムでは、
・あなたはどこから来たのか?
・あなたの街はどんな環境 or 天気?
・公共交通機関は?
といったテーマが挙げられていた。交通機関の話の例で、Scratchで表現したプロジェクトが共有された。
ここがこの話の難しいところ。子どものアイデンティティには文化的な背景(構造物等)も含まれる。残念ながらこのようなバスは、日本ではほとんど走っていないのだ。これが、translation と localization の違いであり、難しさなのだと思う。同じバスでも、日本の子どもがイメージするバスとイギリスの子どもが想像するバスは違う形をしている。(国で括るのも大きすぎるだろう。例えば、僕が住んでいる千葉県柏市を走っているのはオレンジ色の車体をしている東武バスだ。大学のある都内を走っているのは緑色のバスで、乗り方も運賃形態も異なる。)これは前回のレポートでも書いたことだが、Localization は簡単じゃない。これらの素材を全部日本風に作り直すにはどれだけの資金と時間がかかるだろうか。でも、無視できるような問題でもない。ここが難しいよね、とコメントしたら、その課題に多くのメンターが気づいているのであれば、局所的にはその Dojo の状況にフィットしたものが提供できるのではないか?という話になった。このあたり具体的なオペレーションにまで落とし込む方法を考えていけるといいんだろうな。
また、アイデンティティは子どもにだけ備わっているわけではなく、当然大人たちも持っている。教育の場において子どもが中心となるのは言わずもがなであるが、そこで無視されたり抑えられる大人のアイデンティティにも目を向ける必要がある。たとえば、DojoCon のようなカンファレンスの場がそういったものを吐き出すような位置づけになってもいいんだろうなとは思う。教育学研究に携わる者としては、このあたりも気になってしまう。
Workshop: Hands on with AI
つづいては AI のワークショップ。AI Education をどうしていくかはまさに Global Issueである。RasPi 財団もいくつかの学習リソースを提供している。まだ日本語にはなっていないけど十分読めるくらい簡単だと思うので、ぜひ試してみてほしい。
https://projects.raspberrypi.org/en/projects/apple-vs-tomato
まずはみんなで Teachable Machine を使って画像認識のデモを体験。
次にAdobe Firefly を使った画像生成で遊んでみる。内容についてはほとんど日本で共有されているものと変わらなかったかな。でもかなり多くの人が参加していて、やはりみんな関心高いんだなぁとは思った。
Lunch Time
カンファレンスはランチタイムが大事。ネットワーキングの場として重要である。僕は財団のレベッカさんとずっと話をしていた。日本から、もといアジア圏から参加していたのは僕だけだったので、いろいろと質問された。
まじで財団の人たちは優しい人達ばかり。何言ってるかわからなくて Sorry? と聞き返したらもっと簡単でわかりやすい表現に変えてくれるし、自分の言いたいことがでてこなくてもいい感じに汲み取ってくれるしで、コミュニケーションしようという気にさせてもらえる。
一番おもしろかったのは AI 教育の話で、クリエイティビティにフォーカスできる時代が来たよね、みたいな話をしたらすごく共感してくれたのがよかった。子どもが作りたいものを実現するプロセスの中でAIをどう使うかが重要で、AI社会のために学んでいるわけではない、ということが共通認識として持ってくれているのはとても嬉しい。RasPi 財団は MIT の構築主義界隈の流れをちゃんと汲んでいるので、基本的には同じ方向を向いているのだと思う。
Raspberry Pi Foundation が発行している雑誌 "(Hello World)" の Papert's Legacy という特集号に、レズニックさんが "Let's work together to keep Seymour's dreams alive." (シーモアの夢を生き続けさせるために、一緒に頑張りましょう。)と直筆でメッセージが入れられているのは、構築主義オタクとしては胸アツである。
Discussion: Impact of AI
UCLでコンピュータサイエンスの研究をしている方と、AIがもたらすインパクトについてディスカッションするセッション。
AI時代に最も重要なスキルとして、4C(Curiosity: 好奇心, Critical Thinking: 批判的思考, Communication: コミュニケーション, Creativity: 創造性)を上げていた。個人的にはCuriosity が先頭に来ているのがとてもいいなと思った。なんでもできる時代に突入しつつあるなかで、わたしたちに必要なのは好奇心である。好奇心から始まる試行錯誤・創意工夫が圧倒的に重要。
あと、Google が出している Notebook LM の Podcast 機能に驚いた。Notebook LM は自分もよく使っているが、英語版だと読み込まれた内容について Podcast 形式で解説してくれる音声がサクッと作れてしまうらしい。
そういえば、ケンブリッジ大学の教育学部の図書館に行ったとき(詳細はPart4の記事で書くつもり)も、Podcastの教育効果とか、Podcastによる教育をはじめよう、みたいな本がいくつかあった。日本だとあまり聞いたことがなかったが、意外と注目されているのだろうか。
Mind the gap: Block-based to text-based coding
Scratch のようなブロック型言語から、Python のようなテキスト型言語への移行は、子どもプログラミング教育界隈では永遠と繰り返されている論争の1つである。Scratch は楽しんでいるけど、職業としてのプログラマがつかっている言語にはなかなかハマってくれない、それでは困るというのが大人側の理論だ。
それに対して Scratch 界隈の人たちの多くは、「子どもが作りたいものに合わせて言語は選べばいい。Scratch にハマっているのは Scratch が好きだから。」というのが通説となっている。僕はこの議論に大賛成で、「プログラミングが好き」というのは実は主語が大きな話なのではないかと思っている。
このセッションでも、最終的にはそういった議論になっていった。Scratch だって完全な言語ではなく、例えば文字列処理のめんどくささとか、描画処理の限界とか、といった問題に子ども自身がぶつかったとき、他の言語を自然と学びはじめる。でも、それを Scratch の限界に挑もうとする子どもたちもいるし、最近では Turbo Warp を使っている子たちも増えている。
僕からは、Scratch からテキスト言語への移行のハードルの1つに、関数をすべて覚えていなければならないことの大変さについて指摘した。僕は、Scratch の優れているところの1つは、使えるブロックがすべて見えていることだと思っている。あの機能なんだっけ、というときにいちいち検索することなく、ブロックリストを眺めていれば取り出せるということがかなり大きいのではないか。テキスト言語でも IDE を使えば補完はしてくれるけど、それはあくまでも補完であって、その場に目に見える形であるということが学習者にとってはわかりやすいのではないか、という仮説。これも参加者の人たちには伝わったみたい。あとは、日本では Smalruby があるよという紹介もしてきた。
Safeguarding best practice
数年前に CoderDojo でも Safeguarding をしっかりやるように言われたときから、どのようなものが求められているかイマイチぴんとこなかった。今回は良い学びの機会だと思ってこのセッションに参加したら、僕1人だけだった。いろいろと自分の疑問を聞くいい機会になった。
まず、財団が想定しているセーフガーディングの懸念点について紹介する。
これを見て最初に抱いた感想は、驚きだった。日本の文脈とはかけ離れているように感じたからである。もちろんこれらの事柄が Code Club で起きているとかそういう話ではまったくない。しかし、このような危険性から子どもを守るための safeguarding なのだと言われると、少々面食らう。
子どもの学習環境を守るというと、セクシャルハラスメントの防止や特別な支援が必要な子どもへの対応などのように矮小化されて考えられているような気がする。なるほど、こういうことまでを想定していたんだなぁ。
その後、各 Club や Dojo でのリスク評価をするためのワークシートが配られて、自分たちがどのような対策をしているか考える時間が取られた。この資料はオンラインで配布されるとのことで、公開されたらここに追記しておく。
ちなみに、Raspberry Pi 財団は safeguarding について学べるオンライン教材を公開している。こちらも一度は目を通しておくといいだろうなと思う。
https://projects.raspberrypi.org/ja-JP/projects/safeguarding-module/0
最低限この7項目には気をつけながら子どもと関わっていくというスタンスが重要だろう。とても考えさせられるセッションだった。日本の文脈に即しながらも、こういった話は DojoCon とかでやっていくといいんだろうなぁ。各 Dojo のベストプラクティスを共有する場とか。
Day2 12/1
Coding for Impact: Embedding Learning about Rights and SDGs
つづいて2日目。このセッションは権利やSDGsといったことを学ぶときに、プログラミングで作品をつくることでより自分たちのものにしていく実践が共有された。僕の研究している学びの作品化とすごく重なる部分が多く、とてもおもしろかった。
僕からは、フィードバックが大事なのはめちゃくちゃその通りなんだけど、子どもたち同士に評価させると、どうしても作品の表面的な事柄へのフィードバックが多くなってしまい、学習内容などについての本質的な事柄へのフィードバックってなかなかできない(=教育者の視点に立つことは難しい)よね、これどうするの?という質問をさせてもらった。
この実践では、評価するための項目としてルーブリックを子どもに公開しており、それに基づいて評価させているとのこと。
そのやり方はわかる。わかるけど、ルーブリックを事前に示して子どもにそこを目指させるやり方は、表現系の活動ではどうなんだろうとも思ってしまう。このあたりが難しい。でも、全体的にすごくおもしろい議論だった。
Programs are note Text
続いて、独自の Python プログラミング環境を作った Kings College London の教授のお話。Strype というブロックでもテキストでもない、フレーム型言語というツール。
テキスト言語とブロック言語の間として開発されたフレーム型言語。テキストの可視性とブロックの操作性の両方を取り込んだとおっしゃっていた。また、先に参加した Block based vs Text based のセッションで僕が指摘した、関数が表示されているかどうか問題も、画面の右上に使えるものが表示されることで解決しようとされていた。
現在開発段階だけど一般公開されているので、ぜひ使ってほしいとのことだった。
Starting a Club over 10 years
最後のセッションは、セルビアで10年以上 CoderDojo や Code Club を運営している人のトーク。僕も2013年からこのコミュニティに関わり続けているので、大体同じような時間を過ごしている。
セルビアでは政府な支援を受けながら運営をしているらしい。大きなムーブメントになっている。また、学校のカリキュラムの中にプログラミングを学ぶ機会があるわけではないので、Club が重要な位置を占めているとのこと。
このあたりは、2015-2019年の日本の状況と似ているような気がする。日本では2020年から小学校でプログラミング教育が必修化されることになり、すべての子どもたちがなんらかのプログラミングを体験している(ことになっている)が、これはすごいことなのだ。ナショナル・カリキュラム(日本で言う学習指導要領)にコンテンツとして掲載されることのインパクトは、入ってしまうとなんてことないんだけど、改めて大きなことなんだなぁと思う。
Closing Session
2日間にわたって開催されたカンファレンスもすべて終了!ランチを食べたらみんなでまた次の1年もがんばろう!と、お互いを称え合って終了した。
所感
今回、Clubs Conference に参加してみて、改めて社会・歴史・文化・政治的な背景の差を感じつつも、共通して子どものプログラミング学習の場を作ろうというグローバルムーブメントの素晴らしさを感じることができた。外に出て初めて日本の立ち位置がわかる。メタ的に見ることは大切だし、外の情報を内側に入れていくことも大切。でも、自分の足元を確認しながら進めていくことのほうが重要で、自分たちの状況とか背景も大切にしながら、頑張っていければいいんだろうなぁと思う。
あと、日本でいくら頑張っていようと、それを外に発信できなければグローバルスタンダードにはなれない。いいことやってたり、考えてたりしても、表現できなければ他者には伝わらないのである。来年度以降、いずれどこかのタイミングで自分がセッションをする側になりたいと思う。日本のコミュニティの状況は雑談だったりディスカッションの中では精一杯伝えてきたつもりだけど、それだけではなにか物足りない。
また、毎年開催されている DojoCon Japan にも今回参加した知見はだいぶ役立つんだろうなと思っている。とくにセッション系はもう少し充実させることができるかもしれない。
というわけで、総合的にとてもいい経験ができた!誘ってくれた Raspberry Pi 財団の皆さん、ありがとうございました!!
Part3 はロンドン観光、Part4はケンブリッジ観光について書きたいと思っているが、2週間以上にわたる海外出張の疲労と時差ボケがいまだ抜けず…それでも時間は過ぎていくので日々の仕事に忙殺されている。いずれちゃんと書きます。お楽しみに!
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宮島衣瑛です!これからの活度のご支援をいただけると嬉しいです!