少女の聖域|白玉ゆり|三つ編みの逡巡
Text: Kayoko Takayanagi
お別れの言葉を選びましょう
お別れの合図を決めましょう
お別れの印しをつけましょう
もう出逢うことがないのなら
もう触れることがないのなら
最後にここで
みつあみをほどいて
*
みつあみをした幼さの残る少女。
或る日少女は知ります。
この聖域の外に世界があることを。
好奇心を抑えることの出来ない少女は
ここから抜け出すことを決めるのです。
…Yuri Shiratama
少女は迷う。ここにとどまるべきか、それとも出てゆくべきか。
少女は戸惑う。三つ編みを編むべきか、解くべきか。
誰にも侵食されない秘密の花園。大事な少女の聖域。
一度出たら戻ってこれないかもしれない。振り返ったら変わっているかもしれない。本当に?
なにものにも侵されない硬く閉ざされた場所だけが、少女の聖域ではない。どんなに外界から侵食されようとも変わらない領域を持てること。その大きさ広さは問題にならない。
銅版画として一般的に知られているのは、銅板を化学薬品で腐食させるエッチングと呼ばれる技法で作られたものである。エッチングという表面加工の技法自体は16世紀から使用されているが、表面を薬品によって腐食させるこのやり方は複雑な加工に適しているために、現在では最先端である電子回路のプリント基板を製造する際にも使われている。
白玉ゆりはこのエッチングの技法を用いて、少女を描く。ニードルという細い針のような道具で描かれた描線は、その部分だけが露出し腐食される。少女は否応なく外部に晒されるのだ。そのせいか、白玉ゆりの少女たちはどこか不安げな表情をしている。これでよかったのかと逡巡している。
あなたの冷たい指先に
あなたな高遠な理想に
あなたの嘘つきな愛に
あなたの夢幻の世界に
とらわれて とらわれて
まだ ここからほどけない
*
みつあみをほどいた大人びた少女。
外の世界という存在を知ったのは
もっともっと幼かった頃のこと。
少女はこの聖域に留まることを望みました。
その選択が正しいという確信が持てないまま。
…Yuri Shiratama
侵食された細い線は少女を象り、そこに盛られたインクは押し出されて少女を紙に刻印する。外界からの侵食にも圧力にも耐え、少女は残る。
少女で在るということは、いつでも不安で不安定なものだ。その不安を胸に抱きながら少女で在り続けることが、実は少女を少女としている要素の一つなのかもしれない。
繊細で硬質なエッチングの作品のかたわら、白玉ゆりは「まるいえ」というイラストレーションをSNS上でほぼ毎日更新しながら公開している。カラフルな優しいタッチで、時には2匹の猫と共に描かれる少女もまた、彼女の中に在る少女のひとつの形なのだろう。
『少女の聖域』というテーマから連想したキーワードは"護られている=捕われている"、"自分だけの小さな世界"、"未成熟"です。
少女を手助けするようにみつあみをほどく"手"と少女を護るようでありながら捕えているようにも見える"手"は親であり恋人であり聖域という空間であり、またもう1枚の作品の少女かもしれません。
自分だけの小さな世界から抜け出そうとする少女と、抜け出せない少女。
"リボン"は少女の置かれている状況を暗示しています。
長い髪の毛に飾られた花はイカリソウがモデルになっています。
花言葉は"君を離さない"。
…Yuri Shiratama
三つ編みを編む少女。三つ編みを解く少女。
少女はどちらにも決めかねて自問自答を繰り返す。
三つ編みを解いたら、外の世界に出てしまったら、少女ではなくなってしまうのではないか。揺れる心が表情に現れる。
少女の中の不在の少女が手を伸ばす。さあ、どうする?と。
菫色のリボンは、少女の証。モノクロームのエッチングの中でただ1箇所彩色されたリボンに、少女の矜持をみる。
本当はどちらでも失われはしないのだ。少女の聖域は、腐食しても侵食されても無くなりはしない。大きさを変え、形を変え、その場所は少女という謎を抱き続ける限り、あなたの中に在る。
いくつになっても、どこにいても。
私にとって少女とは"刹那と永遠"を感じさせてくれる存在です。
少女を描く時に連想するのは儚さの中に美しさを感じさせる容姿、切なさが漂う思想、何か言いたげな表情と凛とした瞳です。
今後も描き続けることで私自身の"少女像"を模索して行けたらと思います。
…Yuri Shiratama
白玉ゆり Yuri Shiratama | 画家 →Twitter
銅版画、ペン画を中心に絵画を制作しています。2019年より作品の発表やグループ展への参加を始めました。言葉に出来ないような曖昧な感情や心象風景を点や線に、形にして繋げています。
*
作品名|みつあみをほどいて(額あり)
エッチング・ハーネミューレ紙
エディション|5
制作年|2020年(新作)
作品サイズ|25.5cm×18.8cm
額込みサイズ|37.1cm×30.4cm
*
作品名|みつあみをほどいて(シートのみ)
エッチング・ハーネミューレ紙
エディション|5
制作年|2020年(新作)
作品サイズ|25.5cm×18.8cm
*
作品名|まだ ここからほどけない(額あり)
エッチング・ハーネミューレ紙
エディション|5
制作年|2020年(新作)
作品サイズ|25.5cm×18.8cm
額込みサイズ|37.1cm×30.4cm
*
作品名|まだ ここからほどけない(シートのみ)
エッチング・ハーネミューレ紙
エディション|5
制作年|2020年(新作)
作品サイズ|25.5cm×18.8cm
*
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?