レース模様の図書室、再訪|深瀬優子|夜について
Text|KIRI to RIBBON
菫色の図書室に夜の帳が降りる頃——漆黒の装いに身を包んだ不思議な姉妹が、「夜」について思索を重ねていました。
時が満ち、特別な夜の瞬間が訪れようとしています。夜に寄せられた物語を、一緒に紐解いていきましょう。
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お揃いのシルクハットに飾るための特別な花の開花を、姉妹は待っていました。夜に咲くその花を讃えるために、姉妹は「夜」について、夜のもたらす不思議について、夜が来るたび考え続けてきました。
そうして迎えた菫色の夜、その瞬間はやってきました。
シルクハットの舞台の上で、レース模様が広がるように白い花は見事に咲き、姉妹は夜の神秘をはじめて知ることになったのです。
全ての色を包み込む夜の優しさを——
暗闇から生まれる白の清廉を——
夜のあいだだけ咲き誇る、花の儚さを——
烏の黒と烏瓜の花の白、夜の黒と花の白——画家・深瀬優子さまの画業はまず、精妙な道具立てからはじまります。それは、詩作/思索であり、思考のデッサンを経て、絵筆へと至ります。
思考の馥郁たる旅程で象徴的なモチーフが選ばれ、練られ、削ぎ落とされ、端正に整えられて、ようやく一篇の詩が絵筆に伝えられるのです。
人間と動物で描き分けられた姉妹の物語が、変身譚とは異なる質感で愛らしく描かれるのは、動物と暮らす深瀬さまのやさしい眼差しゆえ。どこまでも深く豊かな背景の菫色が、慈愛の風合いで姉妹を包み込んでいます。
梟のいる《夜の均衡》でも描かれる、夜を思索する光景。暗闇の中の煌めき、静寂の中の微かな音——夜を夜たらしめている作法が、精緻に活写されています。お帽子のごとく絶妙な位置に配された星の均衡も、梟の可憐な表情と相俟って魅力的です。
作品の夜を彩る漆黒の額装が、図書室の夜をいっそう濃く深くしています。
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図書室の隅々にまで、夜が満ちてきました。
菫色の明かりのそばで出会ったひとりの少女は、『YORU』と題された書物を読み耽っています。
頁にみつけた言葉が煌めく星となって少女を導き、見知らぬ世界へと連れ出してくれます。少女を夢の世界へと誘うのは、お供をしている仲良しの獏。夜を巡る思索のお散歩は、書物と獏がそばにいる限り、続いてゆくことでしょう。
鉛筆のやさしいタッチで描かれた夜は緻密に編まれたレースのよう。夜毎模様を変えながら、輝く星の背景となって、少女を見守り続けます。
油彩とアルキド樹脂絵具による混合技法と鉛筆画、ふたつの異なる風合いで届けられた「夜」をめぐる断章。深瀬さまの聡明が夜の図書室を満たし、すべらかな技巧が夜の訪れを新鮮なものに変えてゆきます。
幻想世界への扉はすぐそばに——菫色の図書室に住まう深瀬さまの少女たちが、変わらず伝えてくれていること。遠くへ出かけることが叶わなくても、私たちの思索旅行はどこまでも自由に飛翔できるはず。
さぁ今夜から、烏の姉妹のように、あるいは獏に乗る少女のように、夜について思索するところからはじめてみましょう。
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深瀬優子 | 画家 → Twitter
主に油彩とアルキド樹脂の混合技法により、少年少女や動物をテーマとした
物語性のある絵画を制作、展覧会での作品発表を中心に活動。2002年初個展以降、個展・グループ展多数。画集「Kingdom of Daydreamー午睡の王国ー」2014年アトリエサードより刊行。
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作家名|深瀬優子
作品名|夜について
混合技法(油彩・アルキド樹脂絵具)・板
作品サイズ|18cm×14cm
額込みサイズ|28cm×24cm
制作年|2021年(新作)
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作家名|深瀬優子
作品名|夜の均衡
混合技法(油彩・アルキド樹脂絵具)・ケント紙ボード
作品サイズ|8cm×6.5cm
額込みサイズ|17.5cm×16cm
制作年|2021年(新作)
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作家名|深瀬優子
作品名|夜をゆく
鉛筆・タント紙ボード
作品サイズ|14.8cm×10cm
額込みサイズ|31cm×25.8cm
制作年|2021年(新作)
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