大串祥子|エーテルの海を泳いで~『美少年論』前日譚~
庭の一角、美少年たちの名を冠したバラが咲いている。花が開けば、彼らに訪れた幸運を知る。何もない日は水をやり、彼らと対話し、遊ぶのだ。
インターネットのない田舎暮らしの少女時代、西風が吹けば小躍りした。この風は美少年の国の風。極東で胸いっぱいに吸い込んで、吐き出した空気は、再び偏西風に乗って海を越え、かの国に戻って混じり合う。
異国の貨幣にもときめいた。美少年の手から手に渡ったであろう金属片から感じる波動を、間接的に記憶してみたり。
ロラン・バルトは「写真とは、技術や美術ではない。魔術である」と言ったが、げに恐ろしきは乙女のファンタジー。常識や障壁を突き抜け、魂の命ずるまま、祈りの矢は、美少年の国めがけて飛んでいった。大人になり、自ら放った矢を回収する旅に出るとは夢にも思わなかったにせよ。
「見えない世界を撮っている」。写真を見て、ある批評家はつぶやいた。
ファティマの聖母の御姿が、子どもたちの眼前にのみ現れ、神託を伝えたように、無名の写真家に、少年たちの最も美しい季節を永遠にする役割が与えられたのは、なぜなのか。
写真は表面的なメディアにすぎないが、目には見えない、エーテルの海が広がっている。波打ち、激しいしぶきがはじけ飛ぶ水面とはうらはらに、深い海の底では、撮るものと撮られるものが、境界を失い、時空をあきらめ、くすくす笑っている。
ささやかなバラ園にいつかの風がそよぐ。
*
*
*
*
著者名|大串祥子
書名|『美少年論 Men Behind the Scenes』
288ページ/ハードカバー
書籍サイズ|26cm×19.5cm×2.4cm
発行日|2014年11月1日
発行|佐賀新聞社
*本記事掲載の写真は全て、本書籍に収録されています
*
↓モーヴ街MAPへ飛べます↓
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?