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食事が繋ぐ 感情の浄化

なんの構えもなく毎日キッチンで食事の用意をしていたのに、最近は気合いをいれないと包丁を握れない。

母が亡くなってから 間も無く3か月
ありがたいことに多忙なかんじの45歳だから
悲しみに潰れている暇はないのだか、

キッチンで食事の用意をする時だけは
母のことを考えてしまう。

母の料理が食べたいな、
もう食べれないんだな
会いたいな、、、自然にそう思っている自分がいる。

母が倒れてから亡くなるまでの10日間、病院や役所の行き来で毎日が過ぎていき、
私は家の家事をしてる余裕がなく、食事も決まった時間にできず 簡単に出来合いのものを買っていくことが多かった、、、、

母の危篤の呼び出しで
何時に帰れるかわからないとなった日、
思っていたよりは早く帰れたので、スーパーで娘の好きな唐揚げをたくさん買って帰った。

少しは喜んでくれるだろうと思って帰り
出せるだけの元気な声で

ただいま!ばぁちゃん今日もなんとか頑張ったよ! 遅くなってごめんやで。ご飯にしよ!と
皿に唐揚げを盛り レンジで温めて出したとたん、
長女が声をあげて泣いた。

『ママのがいいー!!』
不安が溢れたのがわかった。

その時、私は何かから覚めた気になった。

そりゃそうだ。
学校も数日休んでいて
毎日のように外食やスーパーの惣菜が続き
ばぁちゃんもどうなるかわからない。となると
いつまでこんな生活が続くの?と、不安になって当然。

今日は唐揚げにするね
と言った日に スーパーの唐揚げを出したのはこの日が初めてだと思う。

唐揚げは、娘が大好きなおかずで
ましてや
ママの唐揚げが1番美味しいと言ってくれる

唐揚げがママのじゃなくなる
ということは長女にとって
 
平穏な日常が崩れる始まり に感じたのかもしれない。
ごめんよ、といいながら長女の頭を撫でて
次は必ず作ると約束した。

この話を
命を守るための 水難事故予防啓発の活動をされている親しいかたに話したら
『娘ちゃん、出せて良かったですね、
我慢してたのが 食の場面で 心が緩んで
気持ちが溢れたんでしょうね、食って大事ですね!』と言ってくれた。 さすが常に命の大切さを伝えている人だな、って思った。



確かに、食は体をつくるだけでなく
 人の心に思い出を残す。
料理がうまいとか下手に関係なく、
食べてる時や 食事の用意をする時間は、誰かのよろこびや、幸せを考えることが多い。

でも、それと同じぐらい
食することで自分を満たそうとしてくれてる愛があることに気づいて、ほっとして、

悲しみや、苦しみが溢れてくる。

食べることには
溜まった感情をだす力
も、
あるんだと思った。

食べることは 生きること
喜ぶこと、
祝うこと
慎むもの、しのび 尊むもの。

そんなことが 少しわかった気がする。

食べ物は 命をつなぐだけでなく
感情を出すきっかけをくれる。

だから 食することが大切なんだ。

母はあまりご飯を食べない人だった。
もしかしたらだけど、
だから
色々感じでいたことを うまく父に伝えることができなかったのかもしれない。
わたしも子供の時は ご飯を食べない子供だった
だから、言いたいことを周りに言えなかったのかもしれない。
兄は高校生の時、母が作った夕飯を食べながら
失恋したことを明かして、涙した。
ポロポロ泣きながら、母の作った味噌汁を飲んでいた。

食って大事。

いろんな形の食で愛を見せてくれた母に
感謝したいと想う。











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