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【掌編小説】ぼくは君の未来が見える

 本を読んでいると度々思う。ぼくはこの主人公の未来が見えるぞ、と。
 べつにそれは特別なことじゃなくて、単に物語のページをめくれば、ほら、主人公の行く先がわかるって話。
 でも、主人公からしたら当の本人は自分がこの先どんな目に会うか、だれと出会うかなんてわかりっこない。そう考えると不思議だ。
 ただ、それが「ぼくの未来はなぜ見れないんだろう」につながる時、ちょっと体が重くなる。
 つまり、ちょっとむなしくなる。
 実は、これはほんとうにあった話なんだけど。前に、はじめて出会った見知らぬ旅人の未来が見えたことがあった。


 あれはぼくが故郷の田舎で農業をしながら暮らしていた時、旅人がやってきてぼくに質問したんだ。
「このあたりに〈最果てへの道〉はありますか」
 ぼくはわけがわからなくて、ぼーっとその旅人を見つめていた。旅人はまだ若くて、たぶんぼくより五つくらい上だったかな。
「聞いたことないなあ」
「島へつながる道です」
「ああ! 南の島〈フルゴ島〉だね。この先ずっと行って、あの青い旗がある場所から一度船に乗るんだ」
 ぼくは南を指さして道を教えた。
「ありがとう。〈かがやきの船〉に乗りに行くのです」
 旅人は言った。
 それを聞いてぼくは「あ」と小さく言った。その船の名前を知っていたんだ。
 小さいころ、おじいちゃんが昔話で聞かせてくれた〈楽園〉へ行ける船だった。
 でも〈楽園〉へ行くにはそこからまた、いろんなたくさんの道のりがあったはず。

 その話をすると旅人は「迷信ではありません」と首をふった。
「〈楽園〉へ行くのではなく、自分で探すのです。新たな大陸に着いたら、そこからまた新しい旅がはじまります。どのように、どこへ行って、なにをしたいか、自分で選んで進んでいく必要があります」
「君はどこへ行くの?」
「〈最果ての地〉は今とても暗くすべてが灰色に染まっていると聞きました。ぼくはその世界を、どうにかして救いたいのですが、どうしたらいいのかわかりません。つらい気持ちがぼくにもたくさん伝わってきています」
 旅人は遠くを見つめ言った。旅人の顔にはどこか愁があり、ぼくにはその気持ちが想像できなかった。
「いろいろとすみません。〈フルゴ島〉に行って船に乗ります。会ったばかりなのにありがとう」
 その時だった。旅人の後ろに奇妙な蜃気楼みたいなのが見えたのは。
 ゆらゆらと湯気のような空気はやがて映写機で映像をあてたスクリーンのようだった。
 たぶんそれはぼくにしか見えない幻だったのだろう。蜃気楼のような現象はやがてほんとうに映像となって別の景色が映し出され、一気にぼくの脳が映像のすべてを理解した。


 砂漠の先に小さな町がある。その町は建物や草木すべてが灰色で空も暗雲におおわれていた。
 風が不気味な音を立て吹きすさぶ。砂漠には灰色のやせた四つ脚の生き物が走りまわり、ぞっとするような声で鳴いている。
 町の人々はあまり外へ出たがらないようだ。時おり買い物に出かけた町びとが、漂う音や声におびえながら歩いている。

 そこへ町の入り口にたどり着いた一人の旅人が笛を手にして立っていた。今、ぼくが出会った旅人だ。
 旅人は笛を吹いた。鬱屈していた気持ちが癒やされていくような、さわやかな風のような音色だった。
 まわりの建物の灰色がちょっとずつ溶けていった。それを目にした町びとの中で楽器を持っていた人たちが、自分の楽器で旅人の音色に合わせて奏でた。
 それから町中で何日も、演奏会が続いた。なかなか消えていかなかった灰色の景色も、空の暗雲も、徐々にじわじわと色を変えていった。
 ついに三年がたち、灰色だった町は美しい純白の町へと変わったのだ。


 ぼくは旅人に今見た映像を、なんとなく感じたこととして話してみた。君はやるべきことを見つけて、たった一人で灰色の世界を変えていくよ、と。
 旅人はほほえんでまたお礼を言い、南をめざして歩いていった。


 十年がたって、ぼくが住む田舎に噂が流れてきた。
 遠い遠い地でずっと灰色だった町が、美しい純白の〈楽園〉に変わったのだと。
 ぼくはトマトのいっぱい入ったかごを置いて、〈フルゴ島〉が見える青い旗の波止場めざして、〈最果てへの道〉を走っていった。

 港から見える〈フルゴ島〉はずっとずっと変わらない南の島だ。旅人はあの島からさらに南へと進んでいった。〈かがやきの船〉に乗って。
 迷信だと思っていた〈楽園〉に旅人はたどり着いた。いや、旅人が〈楽園〉を創ったのかもしれない。〈最果ての地〉にある町の人たちと一緒に。
 ぼくは南の島からずっと先の海の果てを見つめた。
「ぼく、君に嘘ついたかも。正直うらやましかったんだ」
〈最果ての地〉にいる彼は町で幸せに暮らしているのだろうか。それとも、また新たな旅に出たのだろうか。
 旅人を思い、ぼくはかすかに風に乗って流れてくる音楽に耳をすました。

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