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夏の足音が聞こえる

春物のコートを着るのをやめたのに、電車に乗るとどっと汗をかいてしまう。 暑さに耐えかねて、ついに、実家では扇風機を出してしまった。 

ちょっとちょっと今年はずいぶん駆け足じゃないですかと、気づかないフリをしていたけれど、扇風機出されたらもう降参です。認めよう。
確実に、夏が近づいてきている。

雪国に生まれた反動なのか、ものごころついた頃から、四季の中で一番夏が好きだった。
真っ青な空に、泡だてすぎたホイップクリームみたいなモクモクの雲。
風鈴、ノースリーブの服、花火。かき氷も冷やし中華もそうめんも、夏に紐づいたものたちはぜんぶ大好きだった。
(唯一、セミと蚊はほどほどにしてて欲しい。蚊取り線香の匂いはわりと好き。)

花火(打ち上げも手持ちも)なりバーベキューなり餃子パーティーなり、夏を楽しみ尽かさないとどうしても気が済まない。
一体どこからそんなエネルギーが湧いて出てくるのか自分でも不思議なくらい、夏は活動的になる。
ともだち曰く、私は、夏への情熱が強すぎる女、らしい。
それはもはや、"執着"と呼べるレベルで、だ。

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そんな私が、夏になると必ず思い出してしまう映像作品がある。
「涼宮ハルヒの憂鬱」の、『エンドレスエイト』という話を知っているだろうか。
エンドレスエイト、すなわち、終わらない8月。
その名の通り、夏休みが終わらず延々と繰り返されてしまう、というストーリーだ。

登場人物たちは、「夏休みを全力で遊ぶ」と決意。
プール、バイト、盆踊り、花火大会、おまつりなど、やれることはすべてやり尽くそうと意気込む。
やることリストを消化していく中で、主人公は次第に謎の既視感と違和感に悩まされるようになる。

そしてついに、夏休みが終わるたびに日付が巻き戻り、自分たちが同じ夏休みを繰り返し過ごしているということに気がつくのだ。
彼らは、終わらない夏休みの中に閉じ込められてしまったのである。

2話目、3話目、それ以降も、夏休みを満喫する1話目とほぼ同じ内容のものが放送された。視聴者も彼らの終わらない夏休みを毎週見つめ続け、間接的に同じ既視感を感じ、時間をすごしたことになる。

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結局、彼らはひとつだけ夏にやり残したことがあると気づき、その未練が無限ループの夏休みを誘発していた、らしい。
やり残したことを実行し、未練がなくなったところでやっと夏休みが終わった。

途中で何度も見続けることに挫折しかけ、真綿で首を絞められるような、じりじりとした閉塞感に息がつまった。
8話目でやっと夏休みから脱出した時は、思わずほっとした。

苦しみながらなんとか8話を見終えた時。私が、熱に浮かされたみたいに夏に執着してしまう理由が、見えた気がしたのである。

私はたぶん、誰よりもエンドレスエイトを恐れているんだと思う。

その夏を全うしないと、やり尽くさないと、その夏にそのまま閉じ込められてしまう気がする。

平成最後の夏、なんてうたわれていた時もあったけど、平成とか関係なくどの年の四季だって一度きりで、まったく同じ季節は二度とやってこない。
線香花火の先がぽたっと落ちる時みたいな、ラムネのこぽこぽした泡が消えてしまう時みたいな、不思議な切なさを帯びている夏は、きっと特にそうだろう。

あとから後悔しないように、
一度きりの夏に未練が取り残されてしまわないように、私は必死なのだ。

来年も、きっと夏は変わらずやってくる。
十分わかっている。
わかっているのにやっぱり必死になってしまって、必死なのにいつも未練たらたらで、夏の終わりは名残惜しくて寂しくてたまらない。
もうすこしここにいなよ、と腕を掴んで引き留めてしまいたくなる。
もしかしたら、何年も前から私はもうエンドレスエイトの中にいたのかもしれない。

きっと、やり切って未練なく満足できることなんかないんだろうな。
そうわかっているくせに、懲りずに追いかけてしまう夏が、今年もやってくる。

▲お気に入りの夏待ちソング

しかし、楽しみにしていたお祭りもフェスも中止で、かなりがっくりきている。
エンドレスエイト回避のため、在宅で夏を満喫する方法を探しています。今年の夏は、これはこれで忘れられない夏になりそう。
とりあえず、餃子とレモンサワーを召喚して、海街diaryを見ようと思っています。

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