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『この町』

この町の夏の匂いが好きだ。
甘ったるい、夏のありあまる時間の匂い。
この町に散りばめられた幾つもの思い出が、
この匂いを今年も一層強くするだろう。
そうして私はこの匂いを嗅ぐ度に、あの6年がたまらなく恋しくなるのだ。

なんて幸せで、残酷な匂いだろう。
年を重ねるごとに鮮烈になるこの匂いは、まるであの6年が全て夏だったかのように包み込んでしまう。
嬉しかった瞬間も、楽しかった瞬間も、悲しかった瞬間も、辛かった瞬間も。
この匂いが染み付いて、離れなくなっていく。
大好きだった君も、嫌いだったあの子も。
きっといつか、すいかを煮詰めたようなこの匂いでしか思い出せなくなるのだろう。

卒業してから2回、別の町に引っ越しをした。来年の5月にもう一度引っ越しをする。
引っ越しを重ねれば重ねるほど、あの匂いは遠のいていく。
私の日常からあの町がどこかへ消えていく。

けれども夏が来る度に、きっと私はこの強い匂いにあてられて、ふと、強烈に、寂しくなって、胸が熱くなって、息が苦しくなって、どうしようもなく、誰かに会いたくなるのだろう。

この町に住むことはきっとこの先ないのだろうが、この町以上の夏はきっとこの先ないだろう。

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