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ダミアン・ラッド『世界でいちばん虚無な場所:旅行に幻滅したひとのためのガイドブック』を読んだ

本屋に行くと大量のガイドブックが並んでいる。
帯に巻いてあるのはだいたい決まったフレーズだ。
最高の絶景とか、癒しの古都とか、神秘的なパワースポットとか。

その中で異色の旅行本がある。
目次からして絶望山、破滅町、残酷岬、虐殺島。宣伝として有り得ない地名から世界の終わり、悲惨、死など投げやりな暴言レベルのものが並んだヤバい本だ。


それが『世界でいちばん虚無な場所:旅行に幻滅したひとのためのガイドブック』だ。

著者のダミアン・ラッドはサブタイトルの通り、ここに書かれている場所のどこにも赴いていない。

たまたま地図を眺めていて見つけた特殊な地名や、googleマップに悲惨な単語を打ち込んでみてヒットした土地を調べる、「検索してはいけない言葉を検索してみた」というノリで書かれているのがこの本だ。

ただ面白半分に書かれた雑な本という訳ではない。
旅行を通り越して、人類が土地に赴き、偏見でその土地の印象を語ったり、その土地を蔑ろにすること、それの身勝手さへの幻滅を真摯に連ねたガイドブックだ。


例えば、カリフォルニア州にある「世界の終わり」はゴールドラッシュの最中、掘り尽くされた金を探す探鉱者たちが自分の経験から名付けた地名。
鉱夫たちに先住民は売り飛ばされ、森や野生生物たちは蹂躙され、未だにその爪痕が残る土地はまさに世界の終わりだ。

他にも、産業革命で油を求めた船乗りたちがクジラやペンギンの屠殺場に変え、石油の時代に変わった途端あっさり見捨てられた「幻惑島」。

ロシアに浮かぶ最北の陸塊で、小さな研究所が建てられ、通りすがりのUボートについでのように攻撃された「孤独島」。

イヌイットの港町を作り変えたレーダー基地で、冷戦の終わりとともに忘れられた「どこにも行かない道」。


かつては何かを求めてひとびとが訪れ、幻滅して打ち捨てていった土地が、子どもの頃に読んだらトラウマになる児童文学のような簡潔だけど禍々しい文章で紹介されている。


伝染病で家族を失った後、広大なある土地の調査を仕事にした測量士が名付けた「悲哀諸島」の章で、作者は「名前は何かを特定するものであるだけでなく、守護や救済の力を持ちうる」と書いている。

どう見ても救いとは対極にあるような地名を掻き集めたこの本も、ひどい名前だなと一瞬地図を見て忘れられるような場所にあった物語を誰かに伝えるという意味では救済なのかもしれない。


旅行に幻滅はしてるけど、その幻滅に正面から向き合うような不思議なガイドブックだった。


序文で作者が「わたしは本書に出てくる場所に行くことはないだろう」と前置きした上で、紹介される地名にはいちいち日本から訪れた場合の所要時間と費用が記されている。
本当にある意味真面目なガイドブックだ。

ちなみにここに載っている土地全部に行くのにかかる経費を計算してみたら、ざっと1250万円弱。
世界一贅沢で虚無感のすごい聖地巡礼になりそうだ。

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