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【中編小説】恋、友達から(003)

 お父さんは仕事で夕飯はいつもお母さんと二人きりで摂る。
「ねえ、萌絵。彼氏はまだなの?」
 テレビでバラエティ番組を見ながら、お母さんがそんなことを訊いた。

「お母さん、しつこい」
 一ヵ月に一度はこの話題を持ち出している気がする。

「でも、もう高校三年生なのに、今までそういった話が一度もないって、お母さん心配になるんだけど。噂すら聞こえてこないし」
「もう受験生なんだから、そういうのはいいでしょ?」
「でもねぇ……。彼氏と一緒に勉強とかも青春って感じするしぃ……」

 はぁ……、と内心で溜め息。
 何か言うのも億劫で、私はテレビに視線を向けた。

「あ、無視。反抗期かしら」
 娘がつまらない反応したらとりあえず反抗期って言う癖、なんとかしてほしい。


 お風呂を終えて、自室のベッドに寝転がる。勉強机の上には開きっぱなしのノートがあるけど、一瞥するだけでスマホを取り出した。
「……彼氏、かぁ……」

 彼氏がほしい――そんなこと思うだけで、胸が痛くなる。同時に彩ちゃんの顔が浮かんで、口をむにゅっと曲げてしまう。ベッドの上でゴロゴロと行ったり来たり。

「やっぱり女の子しか無理だ」

 言って、電話を掛ける。

「どったの萌絵」
芳乃よしのちゃん、今いい?」
「うん? いいけど、どうしたの?」

 広本ひろもと芳乃ちゃん。
 一年二年と同じクラスで、同じ美術部だった友達。

「やっぱり彩ちゃんはかっこいいし可愛いと思うんだよね」
「は? そんな話なら切るんだけど」
「待って待って。ここからが本題だから」

 はあ……と盛大に溜め息をつかれてしまった。私は身体を起こして壁にもたれ掛かり、スマホの向こうで芳乃ちゃんも何かに腰かけるのが窺えた。
「で、なによ」

「ほら、彩ちゃんが女の子大丈夫か問題なんだけど。――進展はあった?」
「いや、やっぱり分かんないね」
「だよね……」

 なんとなくそんな気はしていたけど、やはり落胆してしまう。

松倉まつくらさんって男女ともに同じくらいの接し方するし、誰かを意識してる雰囲気もないからなんとも言えないんだよね。そもそも遭遇回数が少ないこともあるけど、素人が探偵まがいなことしてもやっぱ無理無理」
「ですよね……」

 露骨に意気消沈すると、芳乃ちゃんは改めて溜め息を一つ。
「前にも言ったけど、私が『女子もいけるか』聞けばいいと思うんだけど」

 私はぱたんと横に倒れて、それから仰向けになった。

「前にも言ったけど、芳乃ちゃんが下手に誤解されたくないし、巡り巡って気づかれるのは怖いよ。もしダメだったらさぁ……」
 想像しただけで学校に行きたくなくなる。

「だとしても、このままだと進展ないままだよ? まあ別に告白しなきゃいけない訳でもないんだけどさ。萌絵が足踏みしてる間にも松倉さんの人間関係は違う形に動いていくかもしれないんだし」
「分かってるよ……。分かってるんだけどさぁ……」

 自分でも優柔不断だと思うし、勇気を出せないでいることは自覚している。だけど、その足にはまるで重りの付いた足枷がめられているかのようで、踏み出せないままだ。

 はあ、と今までで一番大きな溜め息を芳乃ちゃんはついた。

「とりあえず、これからも様子を窺ってみるけどさ、ちゃんとアプローチした方が早いし確実ってことだけは伝えておくからね」
 切るよ、と言って、私が「うん」と答えてから電話が切られた。
 スマホを置いてベッドに寝転がる。

「はぁ~あ。なんで好きになっちゃったかな」

 分かりきってるくせにそんなことを口にしてしまう。

「私が男の子だったら話は簡単だったんだけどな……」
 それなら大丈夫と分かっているし、それにお母さんにもあまり気兼ねなく言えたかもしれない。あのお母さんのことだから、自分の娘が同性愛なんて簡単には認めてくれないだろうし。
 だからと言って、無理に男の人と付き合いたくない。

「芳乃ちゃんに手伝ってもらってるのも、いい加減申し訳なくなってきたしなぁ……」

 原因は百パーセント私にあるんだけど。いつになったら覚悟が決まるかも分からないのにずっと付き合ってもらう訳にはいかない。

「やっぱり諦めようかな」

 今までと同じ。恋はしても、告白はしない。
 まして同じグループだしね。

「はあ」
 盛大に溜め息をついて、身体を起こす。

 もうめんどくさいな、こんな気持ち。早く消えてくれたらいいのに。

 ――なんて。

 そんなことを願いつつも結局好きなままなんだから、どうしようもない。
 どれだけ面倒に感じたって好きな気持ちも諦めたくない思いも変わらないのだから。結局はあと一歩を踏み出す勇気の問題だと思う。
 私は再び溜め息をついた。

最後まで読んでいただきありがとうございます