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【中編小説】恋、友達から(014)

 その数日後――夏休みを翌日に控えた夜、私はお母さんと話をしていた。

「花火大会は雨天決行だけど、降ったら無理せず他のことして遊ぼうってなってる。うちからでも花火見えるしね。打ち上げ開始が八時だから六時半に集合で、打ち上げの三十分前までは縁日を見て回る予定」

 続ける。

「一般観覧席の入場券――リストバンドなんだけど、当日正午に配られて一人で五人分まで確保できるから、私が並んで貰ってくるつもり。人数が埋まっちゃったら適当なところで見るよ」

「みんなで四人よね? どこで集まるの?」
「つぐみちゃんと葵ちゃんは電車通学だから、現地集合。私と彩ちゃんは駅で待つつもり」

 会場が近所だから私と彩ちゃんは歩いていける距離。いつも通り私が彩ちゃんの家まで行って、一緒に駅まで歩いていく。

「芳乃ちゃんは? 一緒に行かないの?」
「うん、クラスの子と行くって」

 本当は一緒に行きたかったけど、こればかりは仕方ない。芳乃ちゃんには芳乃ちゃんの友達がいるし、クラスの関係は大切だから。

「分かった。何かあったら連絡してね。すぐ行くから」
「うん」
「萌絵は昔からおっちょこちょいだから心配なのよねぇ……」
「大丈夫だって。フォロー上手な友達がいるから」
「そう? あまり迷惑かけないようにね」
「うん、大丈夫」

 彩ちゃんなら迷惑を掛けても大丈夫だから。

「その日はお父さんもいるから、何かあったら絶対に連絡してよ?」
「うん」
 仕方ないという思い半分、鬱陶しさ半分で頷いた。


 部屋に戻りベッドに寝転がる。机の上に勉強道具が置いてあるけど、一瞥だけしてスマホを取り出す。花火大会まであと四日。
「……はぁ……。早く来ないかな……」

 高校最後の夏、彩ちゃんの浴衣、好きな人と一緒に過ごせる。
 受験生なんだから気を引き締めないとマズいけど、この四日間は浮ついてしまいそうだ。

「…………好きな人、かぁ……」

 友達で居続けると決めてもう一ヵ月半が経つ。あっという間だったような、そうでもないような。それでも私の気持ちは変わらない。

 彩ちゃんのことが好き。
 だけど、友達。
 唯一変わったとすれば、この関係に慣れたことかもしれない。

 もう友達と言われても何も感じなくなった。以前は死ぬほど苦しかったのに、あの覚悟の日から徐々に痛みは減っていって、今ではすっかりだ。

 このまま続いてほしい。
 それで十分幸せだから。

「いつかは終わると分かっていても願わずにはいられないっていうのが、我ながら情けないって言うか……やっぱり情けないなぁ」

 私が変わらなくても、彩ちゃんは変わっていく。
 正直とっくに気持ちが冷めると予想してたんだけど、相も変わらず彩ちゃんのことが好きと思ってる。それが崩壊するのはきっと彩ちゃんに彼氏が出来たとき。

 もしくはつぐみちゃんたちが言っていたように、彼女が出来たとき。
 それはできれば私が――。

「やっぱり友達やめたいな」

 本心が一人きりの部屋に溶けていく。

「………………」
 ゆっくり立ち上がって、あの絵を手に取った。彩ちゃんが褒めてくれたユニコーンの絵。
 ただ描きたくて描いてただけの、幻想の世界。

 絵には自由がある――そこには私の理想を詰め込められるから。
 でも現実は違う。
 その思い通りにならなさと付き合っていくのが大人なんだろう。私もいずれこのままじゃいられなくなる。

「いや、まだ子供なんだから――だから今は、この気持ちが消えるまで待てばいい。それで、静かに彩ちゃんのことを見ていればいい」

 いつかはただの友達になれる。
 そうすれば全てが解決だ。
 だから、せめて今だけでも、その小さな未来だけでも、幸せを感じよう。
 花火大会だけは。

「さてさて、勉強しよう」
 と言いつつ一度スマホを手に取ってみれば、芳乃ちゃんからメッセージが来ていた。

木下きのしたつぐみさんと中垣内なかがいと葵さんと話してみたんだけど、二人は女子同士の恋愛を大したものだと思っていない感じだったから気にしなくていいと思う』

 一瞬自分のことを話したんじゃないかと危惧してしまったけど、芳乃ちゃんのことだからそんなことはないはず。
 だからやんわり訊いたんだと思うけど……なぜそっち? 直接訊くなら彩ちゃんに訊いてほしかったぐらいなんだけど。
 と訊いてみたら。

『祭りに浮かれたと装って直接訊いてみたら?』

 と返ってきた。
 つまりこれは『私が安心して直接訊けるように』という根回しということか。
「肝心なことは自分でやれってことでもあるよね」

 ……そっか。
 芳乃ちゃんはまだ私のことを考えてくれてるんだ。

「うーん、流石にこのまま諦めるのが申し訳なくなってきた」
 ここまでやってくれた以上、私も少しは勇気を出さないとダメな気がする。


 今までずっと助けてもらってきた。

 女の子しか好きになれないことを誰かと共有するのはやはり勇気は要ることで、同じような人が集まる場所に行けば気兼ねないんだろうけど、学校という多種多様な人が居る場所でそれを打ち明けるのは難易度が高かった。

別に打ち明けずにいても問題は無いし、私もそうするつもりだったけど、何気ない会話の何気ない流れで本当に何気ない調子で芳乃ちゃんが「彼氏のいる先輩を好きになるって大変だね」と言ったところから今の関係がある。

 恋愛なんて確かに要らないかもしれない。別に女の子が好きなんて大人になれば大した話じゃなくなると思うし、だから今この関係に変化を求める必要だって無い。
 それでも――。

最後まで読んでいただきありがとうございます