見出し画像

【中編小説】恋、友達から(011)

 小学五年生のときクラスの男子に告白された。どうすればいいのか分からなくて流されるように「いいよ」と言ってしまい、だから最初は戸惑いしかなかったのだけど、小学生なりに相手に失礼だと思って今まで興味のなかった少女漫画とかを読むようになって、あとは一緒に遊びに行ったりして、それで少しずつ〝好き〟が何か分かるようになってきた。

だけど小学生の恋なんて短いもので、三ヵ月ほどで別れた。せいぜい手を繋いだぐらいで、ピュアなものだと思う。それでも悲しかったのは憶えていて、同時に、クラスで冷やかされる心配もないことに安心したのも憶えてる。唯一付き合ったのがこれ。

 二度目の恋は自分からだった。中学二年のとき。クラスメイト。
 女子だった。
 最初は戸惑ったけど、それは確かに小学生のときに抱いたものと似た感情で、これが恋だと理解した。

 私はどちらも好きになれるのだと知った。

 問題はその人にとって女の子が恋愛対象外だったこと。これでは最初から話にならない。だから静かな片想いで済ませようと思った。まあ割とダメージはあったけど仕方ないと割り切れたのはたぶん、どう足掻いても無理だと分かっていたからだと思う。私が貪欲じゃなかっただけかもしれない。

 それで三度目が去年のこと。

 以来恋をしていない。まあ恋がしたいから恋してる訳じゃないから別に構わないし、流されるような恋愛は遠慮することにしてる。実際何度か告白されたことがあったけど全て断ってきたし。

 付き合っていいと思える相手じゃないと付き合わない――それが私の絶対ルール。

 初めて萌絵を見たとき好きなタイプの見た目だと思った。それから性格を知って、中身も好きなタイプだった。
 でもそれは恋愛対象という意味ではなくて、友達としての意味合いだった。

 他意など無い。

 そのはずなのに、なぜか広本さんに対してムカついている自分がいる。
 萌絵がおっちょこちょいなのは昔かららしくて、高校に入ってからは広本さんがフォローしてたらしい。だから別に「私の役割を脅かされている」なんてことは思う訳もなく、だと言うのにこの不安はなんだろう。

 ……分からない。


 日曜日となって妹の付き添いでデパートまで来た。映画までの時間を潰そうと本屋に向かって妹が漫画コーナーに直行するのを仕方なく追いかけながら、つい参考書の売り場へ視線を向けたとき。
 ちょうどそこで萌絵の姿を見つけた。
 そして。

 その横に広本さんがいた。

 二人きり。
 それは別になんてことのない場面のはずだった。二人は友達だし、二人で遊びに来ていても参考書選びに来ていても、それは別におかしな話ではない。

 決しておかしくない。
 なのに、酷く胸が痛んだ。

 そして、痛いと思った理由に、私は戸惑う。
 戸惑って、一瞬頭が真っ白になった。

「お姉ちゃん? どうしたの?」
 妹が不審そうに尋ねてきて、咄嗟に。

「ちょっとトイレ行くね。中で見てて」

 そんなことを口走っていた。
「うん、分かった」

 妹が頷いて、それでつい甘えてしまったと思う。私は感情に動かされるままに本当にトイレに向かってしまった。小学五年生の女の子を一人にすることはどう考えてもダメだと思うけど、このときはそんなことすら考えられなくなっていた。

 これ以上不審がられないように出来るだけ自然な足取りで近くのトイレまで行くと、すぐに個室に入って――私は胸をぎゅっと押さえた。
 胸の痛み――その理由。
 すぐに分かった。

 嫉妬だ。
 私は広本さんに嫉妬していた。
 それの原因があまりにも明確に自覚できて――でも、疑問だった。

 どうして萌絵のことを好きになっている?

「私、いつの間に……」
 全く身に覚えがない。皆目見当がつかない。
 ずっと友達で、それこそ一昨日まで普通に話していた。

 友達だった。
 間違いなく。

 それなのに今日になって急に、好きだと思っている。

 未だに信じられないのに、それでも萌絵のことが好きだという言葉に胸の痛みが和らいだ。まるでそれが真実であるかのように。
 意味が分からなかった。


 少しして落ち着いて、私は本屋に戻った。
 妹は萌絵と一緒にいた。どうやら妹の方から声を掛けたらしい。
 私はちゃんといつも通り振る舞っていたと思う。自信は無い。少なくとも様子が変だと指摘されてはいない。

 その後妹と見た映画の内容はあまり憶えていない。妹には怒られたけど、それが気にならない程に私の心は荒れていた。

 急なことに心が追いついていなかった。

最後まで読んでいただきありがとうございます