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【中編小説】恋、友達から

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『恋、友達から』がセクションごとに収録されます(全20セクションですが、全19本です)
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記事一覧

【中編小説】恋、友達から(019、020)

 彩ちゃんが逆光で薄暗く映る。公園にいる人たちはみんな私たちのことなんか気にした風もなく、自分たちの世界を謳歌している。その向こうには多くの人たちが縁日を賑やかしている。  煌びやかな世界に私たちは二人だけのように感じられた。  ドキドキと心臓が高鳴る。  体中が熱を帯びて、同時に心のどこかが冷えている。きっと怖いんだ。ここまで状況を整えてもらってもまだダメなんじゃないかと怯えている。  ずっと誰とも付き合ったことがない。  告白なんかしたことない。  女の子しか好きに

【中編小説】恋、友達から(018)

「あれ、萌絵は?」  隣にいたはずの萌絵が忽然と姿を消していた。この人混みだからほとんどくっついてる状態で歩いていたのに今あるのは空白だけだ。 「え、いないの?」 「ほんとですね」  二人が振り返る。立ち止まる訳にはいかないから歩きながらざっと周囲を確認して、近くにいないと分かったからすぐに脇に外れた。 「ちょっと連絡を」とスマホを取り出したところまさに萌絵から電話が掛かってきたところだった。私が話し出すのと同時につぐみたちもスマホを取り出して何やらチェックしていた。

【中編小説】恋、友達から(017)

 屋台を回り始めて三十分くらい経ったと気付き、花火が始まるまであと一時間だなぁと思い、気付けば打ち上げ会場の近くまでやって来ており、ここからでも協賛席とその奥の海が見えるんだと驚いて、一般観覧席はこの近くだけど人の多さを考えれば意味はあると思い、射的のために屋台が続く方へ歩いていくけど観覧席に行くためにこの人混みを戻らないといけないなんて大変だなぁ……。あ、でも逆の流れが出来てるから大丈夫か。――と、そんなことをぼんやりと思っていたら、 「はぐれた」  いつの間にかみんな

【中編小説】恋、友達から(016)

 それにしても緊張する。この浮かれてしまう状況を利用してこっそり萌絵から情報を引き出そうと考えているせいでさっきからお祭りを微妙に楽しめていない。 「葵は何にする?」 「シンプルにリンゴ飴にします。つぐみちゃんは?」 「私はイチゴ。萌絵は?」 「キウイかな。彩ちゃんは?」 「じゃあブドウで」  それぞれ受け取って脇に捌ける。ちょうど空いてるところがあったからささっと移動した。 「うん、お祭り効果もあるだろうけど、美味いね」 「そこは言わなくていいんですよ」  と葵に文句

【中編小説】恋、友達から(015)

 晴天の六時過ぎは見事なまでの茜空で、私は観覧席の入場券が巾着袋に入ってるのを改めて確認すると、サンダルと浴衣で彩ちゃんの家に向かった。  浴衣は薄い黄色の生地に赤い花が散らばっている柄で、お母さんが用意してくれたもの。自分で言うのもなんだけど、結構似合ってると思う。  でも問題は、彩ちゃんにそう思ってもらえるかどうか。  彩ちゃんは家の前に立っていた。  紺の生地に金魚が泳いでいる柄で、波紋がよりオシャレに見せている浴衣。彩ちゃんの可愛らしさと美しさに見事に調和していた

【中編小説】恋、友達から(014)

 その数日後――夏休みを翌日に控えた夜、私はお母さんと話をしていた。 「花火大会は雨天決行だけど、降ったら無理せず他のことして遊ぼうってなってる。うちからでも花火見えるしね。打ち上げ開始が八時だから六時半に集合で、打ち上げの三十分前までは縁日を見て回る予定」  続ける。 「一般観覧席の入場券――リストバンドなんだけど、当日正午に配られて一人で五人分まで確保できるから、私が並んで貰ってくるつもり。人数が埋まっちゃったら適当なところで見るよ」 「みんなで四人よね? どこで

【中編小説】恋、友達から(013)

三章 城田萌絵と松倉彩  彩ちゃんの様子が、最近おかしい気がする。  期末試験の成績が上々だったことで浮かれているという訳ではなく、なんと言うか、まるで恋をしたかのような浮つきようと言うか。それはつぐみちゃんたちも同じ意見だったようで、 「あれは、恋だね」  つぐみちゃんは野次馬的な下卑た笑みをした。わくわくと声が弾んでいる。  翌週の金曜日、午前の授業でテストの返却が全て終わって教室全体が一喜一憂としたまま昼休みを迎え、いつものように教室の端に集まって最初の話題が

【中編小説】恋、友達から(012)

 翌日、月曜日。  困ったな、というのが正直な感想だった。  いつものように学校まで二人で歩いていく。 「どうしたの彩ちゃん、なんか悩み事?」 「えっ」つい驚いてしまった。「いや別に、特に何もないけど」 「そう? なんか難しい顔してると言うか、そわそわしてる気がする」  本当に萌絵は人のことをよく見てる。 「あー、たぶん昨日妹に怒られたからかな。映画があんまり記憶に残らなくて話に付き合ってあげられなくて」 「あらら。それは大変だったね」 「まあ私が悪いんだけどさ」  

【中編小説】恋、友達から(011)

 小学五年生のときクラスの男子に告白された。どうすればいいのか分からなくて流されるように「いいよ」と言ってしまい、だから最初は戸惑いしかなかったのだけど、小学生なりに相手に失礼だと思って今まで興味のなかった少女漫画とかを読むようになって、あとは一緒に遊びに行ったりして、それで少しずつ〝好き〟が何か分かるようになってきた。 だけど小学生の恋なんて短いもので、三ヵ月ほどで別れた。せいぜい手を繋いだぐらいで、ピュアなものだと思う。それでも悲しかったのは憶えていて、同時に、クラスで

【中編小説】恋、友達から(010)

 翌日は雨で湿度がえげつないことになっていた。天気予報では、今年は早めに梅雨が明けそうという話だったけど、こうしてがっつり雨が降っているのを見るとそれも怪しく思えてしまう。結果今日の体育も体育館でやることになり、特有のキュッキュが鳴り響いて授業が終わった。  体育は二クラス合同でやるため各教室で男女に分かれて着替えることになっている。着替えを終えてとりあえず待機しようと教室を出たところで。 「あ、体操服忘れた」  萌絵がぼそっと言った。 「なぜ忘れた?」  つぐみがもはや

【中編小説】恋、友達から(009)

 勉強が一段落して、約束通り絵を見せてもらうことに。  ベッドの下から縦長でプラスチックの漫画収納ボックスらしきものが一箱出てきた。それにカードがぎっちり入っている。千枚は軽く超えてるに違いない。 「はい、これなら全部見せられるから好きに見ていいよ」 「これならってことは、他にもあるの?」  口を滑らせたらしくばつが悪そうな顔をしたけど、誤魔化しきれないと思ったのか溜め息を一つ。 「描き始めたばかりの頃のが一箱と、最近買ったばかりのが一箱ある。最近のは見せてもいいけど、古

【中編小説】恋、友達から(008)

 例年通り七月になっても梅雨は続き、今日もまたジメジメと蒸し暑い。天気は曇りだけど、時折雲間から陽が差しており、余計に暑さを与えている感じだ。となるとクーラーの効いた教室から出たときの不快感はとんでもない訳で、移動教室のためにドアを開けた瞬間に襲い来るモワッとした空気にウッと顔を顰める。それによって視野が狭まったけど私はここで気を抜かない。目的の教室のある右へ歩き出そうとするタイミング。ここだ。 「逆」 「うわ」  萌絵が指摘されて変な声を出した。いつものことだけど、左に

【中編小説】恋、友達から(007)

二章 松倉彩と友達  久しく恋をしてないなって、ふと思った。  最後にしたのは……確か去年だ。十月の文化祭のとき同級生の男子を好きになった。私は写真部に入部していて(ほぼ幽霊部員だったけど)、文化祭の展示のために写真を貼り付けていたのだけど、そのとき一枚の写真にとても目を引かれた。  家屋に挟まれた路地階段――それを見上げるように撮ったもので、奥に一匹の猫がいた。やけにかっこいい顔をした猫で、その猫がまるで『付いて来い』と言わんばかりにこちらを見ているものだから「付いて

【中編小説】恋、友達から(006)

「悪いね萌絵、買い物付き合ってもらっちゃって」 「いいよいいよ。最近は芳乃ちゃんと遊べてなかったし。私も久しぶり画材を見れて楽しかったし」  芳乃ちゃんの横には画材の詰まった紙袋が置かれている。テーブルには紅茶のポットとパンケーキ。冷房が効いて湯気が立っている。そこそこ広いお店は七割方が埋まっており、私たちは隅に座っていた。 「芸大の受験勉強ってどのくらい大変?」 「うーん、私はあんまり大変に感じてないんだよねー。予備校の先生は面白いし、お題にどう応えるか考えるのも楽しい