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そもそも感謝の形をこちらが選択できるはずもないわけで

旅のさなかに問題が起こりうるとしたら何があるだろうか?と考えると、「もしかするとこんな事が起こりうるが、このあとどうなるんだろうか?」と思えるような事態が頭に浮かんだ。

旅といえば「駅」である。
長距離の旅をしたときに困ることと言えば忘れ物などではあるが、移動先で重要な物が入った財布などを無くしてしまっていることに気づいた際はどうしたらいいんだろうか?
重要なものと言えば、切符やカード、そして現金である。行くときは支払っているので乗り込むことができたとしても、降りてしまった後にすべてなくしてしまっているとわかるとこりゃ困りものである。しかもその時間帯は深夜だったりすると大変だ。
映画「ターミナル」みたいに駅のホームから出られないなんて事態になるのではないかと思って、そうなった場合はどうしたらよいのだろうかと考えた。

駅のホームはターミナルの空港のように、人が取り残されることのないように見回る駅員さんがいるだろう。そして、駅の構内も入り口のシャッターが降りるためどこか建物内に残ることは許されないかと思う。どうにかこうにか駅員さんと折り合いをつけて駅構内から出されるのではないかと思われる。(想像するしかないけど…)ほんとのところどうなるのだろうか。

ただ、そうなってしまったとしても、さいあく僕の場合は電車を待っている人たちに声をかけて靴を磨かせてもらうことができるんじゃないかと思っている。
電車を待っている人たちは格好の餌食だということだ。
待っている間なんて、本かケータイ電話がなければあとは寝るしかなくて待ちぼうけを食らっているんだな。
たとえば、自分も待ちぼうけを食らうかも知れないが、そうなってしまった場合はチャンスである。人が多くてガヤガヤしていたらおそらく寝ることなんてできないだろうし、ケータイ電話をいじっていても仕方ない。そんなことならいっそのこと人に話しかけて、実はこうこうこういった理由で旅費を稼いでいるんだと人に話せば、靴を磨かせてもらえる可能性はあるだろう。

僕が思うに、ここで重要なのが「お金」を目的としてはいけないのではないかと思う。誰しも急に話しかけられた人にお金をあげるなんてことはしたかないはずである。つまり、“僕の趣味に付き合ってくれる人”を探しているんだと言うのだ。そして、どれだけそれに応えてくれるんだろうか?と厚かましくも考える必要があるだろう。

その御礼が旅費になることがあるかもしれないし、はたまた食べ物をもらうことがあるかも知れない。行き先が同じなら一緒にどこそこまで行きませんかと話が弾むかもしれない。
お金がもらえる⇔もらえない、といった駆け引きで成功かそうでないかと話を進めるよりも、会話の延長線上に靴磨きがあり、その“御礼がしたいかどうか”という話なのではないかと考えるとその分だけ可能性が広がっていくんじゃないかと思った。

つまり、「お金をくれないか」といって選択肢を狭めると、僕への対応策として応えてくれる人も少なくなるだろうが、「どんな御礼の仕方でも受け入れるよ」という形でなら、話は広げやすいのではないかと、そう考えたわけである。
お金は取引きを成功させやすくするための道具でしかなく、本来はそれなりの価値があれば何でも良いのではないかななんて考えると、ちょっとだけおもしろくなりそうだと思ったという話である。







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