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金魚の発生学実験#6 孵化仔魚の成長過程追跡

1. 導入

水生動物学研究室主宰の太田欽也です。今回も皆さんに金魚の発生学実験について解説してゆきます。前回は孵化する前の胚の観察方法について解説しましたが、今回は、孵化した後の稚仔魚の観察方法についての解説です。このNoteはYoutube動画のテキスト版です。動画の内容を文章で確認したい人や、テキスト情報から内容を理解するほうが早いと感じる人向けです。しかし、動画の方が情報量が多いので上の画面をクリックしていただいてみていただくことをお勧めします。

2. 孵化仔魚の特徴

以前、この動画のシリーズで、金魚の体の各部位にはできてくる順序があることを説明しました。たとえば、鰭であれば、胸鰭、尾鰭、背鰭、尻鰭、腹鰭の順序で形が出来上がってきます。そして、浮袋も最初は一つで、大きくなるうちに二つになってきます。このような各組織器官の出現の順序について知りたい場合どのように観察すればいいのでしょうか?今回は私たちの以前の研究をもとに観察方法を解説していきます。

3. 観察方法あれこれ

考えられる観察方法は、まず、大きく分けて2種類。すぐに麻酔を深くかけて固定してしっかりと生きた状態を保存してあとでじっくりと観察する方法です。もうひとつは、生かした状態の魚を写真撮影するなどして記録をとどめておく方法です。
 固定液に入れて保存する方法は固定した個体をちゃんと管理しておけばあとから何度でも観察ができますし、なんどでも写真を取り直すこともできます。さらに、組織切片を作り染色し、顕微鏡で観察することで、体の中を細胞組織レベル詳しく見たり、透明標本を作って骨格の成長の様子を 観察することもできます。つまり、一個体から、細胞組織レベルの詳しい情報を得ることができます。
 しかし、もし、そのような細胞組織の詳しい観察がそれほど必要でなければ生きた状態で写真撮影して成長の記録をとどめておくのは良い方法です。そして、この生きたまま観察する方法はさらに大きく二つの方法が考えられます。一つは、魚をグループで飼っておいて、撮影して、何日か経ったらもう一度観察する方法です。この方法で大量の魚を観察すれば、おおよそ、どのタイミングでどの組織器官が出現するかの予想が立てられます。

 しかし、卵の中の胚と違って、卵から出てしまった金魚は自由に泳ぎ回ります。しかも、孵化したばかりの仔魚は非常に似通っているので、姿かたちで互いを見分けることはできません。つまり、同じ個体を連続してみることはできないわけです。そうなると、同じ個体の中で、正確に組織器官の出現順序を知ろうとすると問題が出てきます。というのは、成長速度にも個体差がありますので、すべての組織器官の出現順序が日数や体の大きさと比例しているという確証はどこにないからです。なので、一個体一個体の各個体の各々の組織器官がどうゆう順序で現れてくるかを調べるために、それぞれの個体を個別の容器に飼育することにします。

 孵化した直後の金魚を顕微鏡の下でより分け、別々の容器に入れておきます。プラスチックディッシュやこのようなビーカーに分けて飼います。それぞれの容器には番号を振ってあるので番号を見れば、何月何日に受精した卵から出てきた何番の魚かが明らかになります。

 飼っていると大きくなってきます。そうしたら、更に大きな容器に移します。私たちの研究室には1.5Lの水槽を並べて置ける集合水槽システムがあります。一つの集合水槽システムに50匹以上の金魚を一度に分けて飼うことができます。これは、たくさんの仔魚や稚魚を分けて飼いたいときに非常に助かります。循環ろ過しながらpHおよび電導度が調整された飼育水も自動的に供給されるので、水質の管理も楽です。ただし、餌やりに関しては、手動でやっています。こうすることで、成長の度合いを見守ることができます。

 そして、定期的に観察と写真撮影をします。動かれては困るので軽く麻酔をかけて撮影します。撮影する場合、大きさに寄りますが、プラスチックディッシュに直接置いたり、アガロースを敷いたプラスチックディッシュの上に載せて撮影します。

4. アガロースディッシュについて

はい、前回も出てきましたけれども、今回も出てきました、このアガロースを敷いたディッシュ。でも、今回のアガロースを敷いたディッシュは少し違います。前回は0.5%前後のアガロースを普通にディッシュにそのまま流し込んだだけですが、今回のアガロースは中央にV字の溝を作っています。こうすることで、魚の角度を自由に変えて撮影することができます。
 また、魚の位置を微妙に調整するために、このようなハンドリング用のスティックを使います。このハンドリングスティックの割りばしの先にピペットチップで釣り糸を固定したもので、作り方は非常に簡単です。
 このハンドリングスティックを使うことで魚を傷めずに自分の観察しやすい位置や角度に優しく動かすことができます。
 毎回、同じ角度で体の各部位を高倍率で正確に写真撮影しておくことで個々の個体の体の各部位の成長の様子を克明に記録できます。この観察および撮影作業は受精後4日目の孵化したての仔魚から、一年経って性成熟するまで何度も何度も繰り返します。

5. カルセインと蛍光顕微鏡で骨

あと、仔魚や稚魚の時期になると骨格の成長も見られます。なので、この時期から蛍光顕微鏡とカルセインという試薬を用いて骨格を撮影します。カルセインを使うと魚を傷つけることなく石灰化した骨などの組織を蛍光で染めることができます。こうすることで、普通の明るい光だけでは見えにくい、鰭条やその他の骨格もはっきりと観察できます。なによりも魚を固定液に入れたり透明化の処理をする必要がありません。なので、同じ個体で引き続き観察できます。非常に良い方法です。ちゃんと綺麗に写真を撮影しておけば、どこの部位の骨格がどのようタイミングで出現してくるかもわかります。

6. 発生や成長過程を見る理由

はい、ここまで見ていただいてありがとうございます。何度も申しますが、これらの研究結果を世に出すにあたって、我々は幾度となく金魚の発生を見てきました。そして、体の各部位の発生・成長の順序についてみてまいりました。
 では、なぜ、そこまでして、発生過程に注目するのでしょうか?こういう問いはこの動画のシリーズで今まで問うてこなかった問いです。でも、ちょっと、考えてみてください。たとえば動物の進化を説明する際に成体、つまり、大人の動物の姿を並べて比較したり、そこに系統関係を加えて進化の過程を議論する場合がありますよね。
 でも、これ、ちょっと、おかしくありませんか?
たとえば、人間について考えてみましょう。人間も金魚と同じように、もとは一つの丸い受精卵から始まり、お母さんのお腹の中で大きくなって、それが赤ん坊として生まれて、成長して、大人になっていく。そして、何代もこういう発生と成長を繰り返しているうちに今のような人間の姿があるわけです。
 そうなると、動物の歴史の中で成体の姿がいきなりポンと変わるような進化は起きてこなかったということ考えるほうが妥当ではないでしょうか。
 実際に、この動画シリーズで見ていただいた金魚の発生・成長過程を思い出してください。金魚では胸鰭が出たあとに、孵化仔魚の後の後の方になって、腹鰭が現れる。つまり、私たちの手に相当する胸鰭が先に現れて、足に相当する腹鰭が後から出てきたことを解説してきました。もし、忘れちゃってる人がいたらこれらの動画を見直して確認しておいてください。
 しかし、カエルではどうでしょうか?オタマジャクシは手と足どちらの方が先にでてくるでしょうか?あと、人間の赤ちゃんがお母さんのお腹の中にいる様子はどのようにえがかれていますか?思い出してください。もし、皆さんが「おや、手足の出現の順番がそれぞれの生き物で違っているぞ!」ともし気が付かれたら、そして、それが不思議に感じられて興味を持たれたら、それは、皆さんが今まで見聞きしてきたことのある進化生物学とはちょっと違う「進化発生学」への入り口の前におられるということです。
 この金魚の発生学実験シリーズはもうしばらく続きますが、そのあとは「金魚の進化発生学シリーズ」の動画を作る予定です。そして、さらに詳しく、進化と発生の関係について解説してゆく予定ですので、チャンネル登録してお待ちください。

7. 次回予告

 さて、次回予告です。いままでは観察の方法について解説しましたが、次回は金魚の餌となるゾウリムシやブラインシュリンプなどの餌料生物の管理の方法について解説してゆきます。それでは、また。

8.文献

Tsai, H.-Y., Chang, M., Liu, S.-C., Abe, G. and Ota, K.G. (2013), Embryonic development of goldfish (Carassius auratus): A model for the study of evolutionary change in developmental mechanisms by artificial selection. Dev. Dyn., 242: 1262-1283.
https://doi.org/10.1002/dvdy.24022

Li, I.-J., Chang, C.-J., Liu, S.-C., Abe, G. and Ota, K.G. (2015), Postembryonic staging of wild-type goldfish, with brief reference to skeletal systems. Dev. Dyn., 244: 1485-1518.
https://doi.org/10.1002/dvdy.24340

Li, I.-J., Lee, S.-H., Abe, G. and Ota, K.G. (2019), Embryonic and postembryonic development of the ornamental twin-tail goldfish. Dev Dyn, 248: 251-283. https://doi.org/10.1002/dvdy.15


 






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