見出し画像

呪縛解放⑦ 成功と失敗の鎖

小さな男の子がちょうちょを追いかけている。

あ!つまずいてこけてしまった。

男の子は大声で泣き始めた。

痛かったんだね。

それとも、ちょうちょが逃げてしまって悔しかったのかな?

僕は痛いんだ!って世界に向かって大声で叫ぶ。

そうすると世界は、その声をママとパパに届ける。

ママとパパが大急ぎで男の子の元に駆け寄っていく。

数分後、さっきの泣き顔などなかったかのように、男の子はママとパパの元へ全力で走っていく。

痛いことなんて。

悔しいことなんて。

そんなことすぐに忘れてしまうほどに、

ママとパパが大好きだから。

世界がキラキラと輝いているから。



いつからだろうか。

男の子の前に「悪魔」が寄り付くようになった。

初めて悪魔が現れたとき、大きな大きな器を取り出して言った。

「はじめまして、坊や。この器はね、それはそれは貴重なもので世界に二つと同じものがないんだよ。
この器を持っていれば大人になったときに困ることがない。
というより、この器がないと大人になれないんだ。
この器を君にあげるよ。
君はこれから、この器を落とさないように大事に大事に抱えていなくてはならない。いいね?」

器はそれはそれは綺麗な輝きを放っていた。
その器を持っている大人というのは大層立派な存在に思え、男の子はその器がとても欲しくなった。

けれどその器はとてもいびつな形をしていた。
大きな器ではあるが、その形状故に実際のところは肝心なものが何も入らなそうだった。
そして、男の子の小さな手にはとても重かった。
(これからずっとこれを持っていないといけないの?)
男の子は少し不安を覚えた。
けれど、めずらしい綺麗な器をもらえたことや、
大人になれることが嬉しくて、
その不安を心の奥底に隠してしまった。


それから男の子の前には毎日悪魔がやってきた。
悪魔は男の子が器をきちんと持っているかを確かめ、器がどれほど大切なものなのかを男の子に教えるのであった。

器を手放さないようにする方法。
器をきちんと持っていられるように余計ものは持たないことを教えた。
器より大事なものはないのだと教えた。


器を落とさないようにする方法。
落とさないために、つまづかない歩き方を教えた。
落とさないように、つまづかない道を教えた。

器を基準とした生き方を教えた。

男の子はいつも下を向いて歩くようになった。
つまづいてこけてしまったら、器を割ってしまうから。
割ってしまったら二度と手には入らないと思ったから。


男の子は大人になった。

彼は今も器を抱えて生きている。
今日も落とさないように下を見ながら歩く。
ほとんど何も入らない器ではあるが、それなりのものは入っている。
落として割ってしまったら人生が終わってしまうと感じていた。


彼は薄々感じていた。
自分以外の人々も形状や色が少しづつ違うとはいえ、同じように器を抱えて生きていることを。
器を落とさないように生きていることを。
きっと、すべて同じように悪魔が手渡したものだろう。
本当にこれでいいのか、そうやってたまに不安になる。
けれど、その生き方を教わって、そうやって生きてきた。
それ以外の生き方は知らないし、不安だ。
何より良いことばかりではないが、生きてはいけてる。
みんなそうではないか。
それでいいではないか。


ある日、彼は細心の注意を払っていたのにも関わらず、道をつまづきこけてしまった。

器は割れてしまった。

器に入っていたものもすべて壊れてしまった。

彼は絶望した。

どうしていいかわからず途方に暮れた。

しばらく割れた器を眺めて、どうしようもないと悟り、空を仰ぎ見た。


(空ってこんなに青かったのか)


彼はそう思った。

つまづかないように、
転ばないように、
ずっと下を向いて歩いてきたから、
こんなふうに空をじっくり眺めるのは本当に久しぶりのことだった。

気付いたら彼は泣いていた。

本当はずっと痛かったんだよね?

小さい小さい手のひらにそんなに大きな器を持たされて。

大切なものがほとんど入らないのに大事なものだからと叩き込まれて。

それがないと大人になれないだなんて脅されて。

つまづいちゃいけないって、

転んだらいけないって、

ずっと下を向く生き方を強要されて。

そんなのは生きているとは言えないのに。


彼は初めて神様の存在を確信した。

失敗して、失って、壊れてしまって。

それでも自分は終わっていないこと。

まだ道は続いていること。

むしろ、失敗したからこそ開く道があったこと。

それこそ、神様からの祝福であると感じたのだった。


彼は本当の愛とは何かを知った。

あなたは空が青いと感じてもいいのだと教えてくれること。

世界がキラキラと輝いていたことを思い出させてくれること。


空が青いと教えるために、神様が失敗を与えてくれたのだと、
彼はそう思った。



成功とは何だろう。

失敗とは何だろう。

例えば、ビジネスに成功して、大きな家に住んで、家族と仲が良く、友達がたくさんいて、最後まで情熱的に命を燃やして、皆から惜しまれながらこの世を去る。そのような彼の命を多くの人は「成功」と呼ぶ。

例えば、働いておらず、きちんと契約したのかも怪しいボロボロの家に住み、家族も友達もおらず、年老いて家の風呂場で足を滑らせてこの世を去る。そのような彼女の人生を多くの人は「失敗」と呼ぶ。

しかし、命の価値に本来優劣はない。
優劣をつけられるとしたら、
悪魔からもらった器(常識)を測りにする必要があるだろう。

もし、実存に重きを置くのであれば、
彼の見た光に比べて、彼女の見た闇が価値が劣るだなんて、
誰にいうことができるのだろうか。

きっと、神様にもそんなことを言うことはできないとは思いませんか?


成功とは

失敗とは

器を基準に測定されるもの。

器に縋らなくては生きていけない弱さが生み出している、という点では

成功も失敗も弱さから生じている同質のものである、

ということがいえるのです。


成功した先にも、失敗した先にも道は続いているから

そんなに恐れることはないのですよ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?