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食いしばりすぎてすきっ歯になってきた話

私はもともと歯並びが良い方で、ぎっしり詰まったとうもろこしのような前歯を持っていた。隙間なく収まっていた粒々とした歯たち。

異変に気づいたのは数年前だった。私はフロスを日課にしており、以前は歯と歯の間をフロスがかき分けていく感覚があった。通りますよー、はいごめんねー。そして歯に挟まっていた予想外の代物を眺める。スリルに満ちた瞬間だ。

そんなフロス時の手応えが、ある時から軽くなった。力を入れなくとも、フロスが抵抗なくスイスイと歯茎まで到達する。

なんでもない、特に問題ないはずだと気付かぬふりをして、私はしばらく過ごした。だがある時、無視できなくなるほど手応えが軽い時が訪れた。

向き合わなくては、と思った瞬間だ。そう、私は今までだっていろんなことに向き合ってきたじゃないか。

いつもなら歯磨きの後に口をイーっとして終わるところを、鏡に近寄ってじっくりと前歯を見た。上の中心の前歯2本の両横に、以前はなかった隙間が空いている。ショックだった。最近ケチって、安くて太めのフロスにしたのが悪かったのだろうか。

とはいえ、この時点ではまだぱっと見では隙間はわからない程度だった。私はフロスを200円ほど高いものに戻し、いつか隙間は埋まるだろうと根拠なく楽観的に日々を過ごしていた。

それから2、3年が経ち、私は引き続き200円ほど高いフロスを使い続けていた。しかし、またある時紛れもない事実を突きつけられた。私は日課的に鏡の前で口をイーっとしたり、さっきは言わなかったが時に最高の笑顔をきめたりするわけだが、そのなかで気づいてしまったのだ。歯の隙間が広がってる、と。

ちょっと高いフロスに戻したのになぜ?との疑問がよぎると同時に、ああ、これかも、という理由も降りてきた。

私の長年の宿敵、食いしばりだ。

ひらめいたらすぐグーグル検索で答え合わせだ。案の定、食いしばりによるすきっ歯化はよくあるらしかった。理屈としても納得がいった。つまり食いしばって、圧に耐えられなくなった前歯が倒れ、出てくる。つまり花が咲くときの花びらのような感じだ。うまいこと言ったと一瞬思ったがホラー味がすごい。

理由がわかると一安心ではあるものの、この仮説が正しいなら食いしばりをどうにかしないと私の出っ歯化は止まらないということだ。そして、長年悩まされているからこそ、私は食いしばり対策の難しさも知っている。

食いしばりの原因は、歯並びや噛み合わせの場合もあればストレスの場合もあるという。半年に1回は歯医者で検査を受けてる私の場合、噛み合わせで明らかなNGがあったら歴代の歯科医たちも言ってくれたはずだ。

つまり、私の食いしばりの原因はきっとストレス。のんびり気ままに生きているはずなのに、なぜ出っ歯になるほど食いしばるようなストレスを感じているのか?全然納得がいかない。

フリーランスとして働き始め、はやウン年。仕事での対人ストレスはほぼ感じなくなったが、それ以外の過ごし方に改善の余地が大有りということなのか。それとももう、考え方が歪んでるとかそういう悲しいやつか。自由に生きてるつもりで、実は自分の正直な想いや欲望を押し殺して苦しんでいるのか。満たされずに孤独で辛いのか。

その通りでもあるし、そうでもない部分もあるとも思う。ベストは尽くしているんだよ。自分のストレスがどこからやってきているのか。自分のことを、まだちゃんとわかってないんだろうか。

さらに、ストレスで食いしばっているなら、食いしばってストレスを解消していると言うことだろうか。それなら食いしばりに感謝とお詫びを伝えたい気もする。食いしばらなかったら私のストレスは一層溜め込まれてどうなっていただろうか。食いしばりは宿敵ではなくフレネミー的な存在としてうまく付き合っていくべきなのか。

話が逸れたがとりあえず今は目の前のすきっ歯だ。

歯を見せた笑顔だと、よくわかるくらい開いてしまった歯の隙間よ。多分2mmくらいはある。2、3年でこのペースなら、10年後にはどうなっているんだ。人生100年時代。私は毎日玄米と納豆キムチを食べ、ヤクルトも飲んで黒ニンニクまで食べている。今から50年経った時、私は元気かもしれない。でも、その時私の前歯はどこを向いてる。私の行く先を示す道標になっているのか。それともお天道様を見上げているのか。

とりあえず歯医者に行った。すきっ歯について相談すると、裏から矯正することもできるがそれなりに費用はかかるだろうし、食いしばりが原因ならそこが改善しない限りまた隙間が空くだろうと言われた。もっともだ。詰め物や被せ物で隙間を埋めることもできると言われたが、高額だし、詰め物が見えたり歯そのものを削ったりもしたくなかった。

どうしたらいいのか。決めかねた私は、歯医者さんにすきっ歯でいいことはあるかと尋ねた。新しい視点は常に大事にしたい。歯医者さん曰く「すきっ歯だと食べ物が挟まりにくかったり、取れやすいから、それはいいことですね」。

納得なようで、わからない。隙間が広がったことで、私の歯には以前よりも大ぶりの食材たちがかかるようになってきた。確かに隙間がある分、挟まったものを取りやすいかもしれない。しかし、取るチャンスがないと大ぶりの食材は結局挟まりっぱなしではないか。なんだこれは。先生は私に気休めを言ったのか?いや、誠実そうな先生だ。すきっ歯歴の短い私にはまだわからないすきっ歯のメリットがわかる時がくるのかもしれない。

こうした葛藤を抱えながらも、意向を伝える必要があった私は「今ある隙間を受け入れながら、拡大しないようにしたい」と伝えた。すると、睡眠時の固いマウスピースの着用を勧められた。

睡眠時のマウスピースとは、私のように歯ぎしりや食いしばりが強い人が歯への負担を軽減するために寝ている間に着用するものだ。

私は20代に歯ぎしりで歯が欠けたり、削れてしまったりがあったので、早々にソフトタイプのマウスピースをつけていた。ソフトタイプは、くにゃくにゃと柔らかく比較的違和感なくつけやすいと言われている。そして今回、隙間対策として勧められたのがプラスチックの固いマウスピースだ。

確かに、ソフトタイプだと歯が削れるのは防げても、圧が強ければ形が保てず歪んでしまう。出っ歯化を止めることはできない。一方、固いマウスピースなら変形しない。出っ歯になる速度を遅まる期待はできそうだ。

固いマウスピース、試してみよう。そう決めたのだった。

その固いマウスピースを入手してからはや数ヶ月が経った。特に使っているときの違和感もなくいい感じだ。隙間は、今もある。しかし拡大してはいないように感じる。なんなら、少し狭まってきたんではないか?気のせいかもしれない。また根拠なく楽観的なのだ。

今日も口をイーっとしたなかにあるその隙間は、私のなかに渦巻くストレスや正体不明の闇が生み出したもの。同時に、私のストレス解消に一役買い、「自分大丈夫か」と思いやるきっかけをくれた、ということにする。とりあえずもうちょっと顎の力を抜いて生きられるようになりたい。

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