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聖夜のネタバレブログ

 ぼくのパパは、あるいはママは、英語を筆記体で書くことができる。……と気がついたのは、ぼくが小学校高学年の頃だった。そしてそれは、ある気付きと同時のことだった。



 話はおそらく、ぼくが小学一年生だった頃あたりまで遡る。さすがに昔すぎて記憶は曖昧だけれど、その中で一つだけ確実に覚えていることがある。……それは「サンタさんがお願い通りのプレゼントをくれなかった日」のことだ。
 初めてのサンタさんに何を頼んだのかはもう覚えていない。けれど上記の日のことはよく覚えている。まだ年齢一桁だった頃のぼくは、その年のサンタさんに、ポケモン指人形のコダックをお願いしたのだった。しかし結論から言ってそれは枕元に来なかった。かわりに、ネジ巻きで動くコダックの人形が来た。
 ぼくはその時、サンタさんに失望したりはしなかった。「まぁ仕方がないか」と思っていた。いい子になりきれなかった自覚があるせい……ではない。ぼくも昔はそこそこいい子だったから。決してそうではなく、そもそもぼくがその指人形をサンタさんに頼んだ理由が、自力ではそれが売られている場所を見つけられなかったことだから、ぼくはサンタさんに失望する資格を持っていなかったのだ。
 当時、ポケモン指人形はコンビニからスーパーからトイザらスまで、どこにでも売っている物だった。また、その商品の入れ替わりはなかなかに激しく、「どのポケモンの指人形が売っているか」は、かなり頻繁に変化していたように思う。それはまだ見ぬポケモンとの遭遇が常に供給され続ける希望であると同時に、一度買いそびれたポケモンとの再会を絶望的にする激流でもあった。
 ぼくはある日コンビニでコダックの指人形を見て、これが欲しいと母にねだった。母はそんなぼくに「パパに買っていいか聞いてみようね」と答えた。ぼくはそれに納得した。当時のぼくは子ども心ながらに、すでに100体に迫る勢いで指人形を買ってもらえているという事実について、「もうそろそろ新しい物は買わなくていいだろう」と言われる可能性があることを考えていたのだ。
 その週の土日に、父からコダック購入の許可が出て、一緒にコンビニへ行った。……するとそこにコダックはいなかった。だか、スーパーにも行った、おもちゃ屋にも行った、父の運転する車に乗って、知っている店は全て見て回った。……けれどそこにコダックはいなかった。運悪く商品の入れ替えまたは売り切れが、たったの数日のうちに起こってしまったらしい。
 だからぼくはサンタさんに、コダックの指人形がほしいと頼んだ。サンタさんなら、この世のどこかにはあるだろうコダック指人形を探し出して、持ってきてくれると思ったのだ。……しかし枕元に置かれた指人形とは別なコダックを見て、ぼくは悟った。サンタさんにもそれは出来なかったのだと。そしてそれを「仕方がない」と思った。なぜなら、サンタさんのことを神様だとは思っていなかったから。
 ぼくは何の根拠もなく、この世のどこかにはまだコダックの指人形が売られているはずだと思っていた。けれど考えてみればそんな保証はどこにもないし、もしかするとその「どこか」は恐ろしく遠くて、ソリで走っても無理な距離なのかもしれない。それなら仕方がないのだ。またついでに、サンタ工場でおもちゃを作っているという説はこれで否定された。……と、自力でコダックを見つけられなかったぼくは納得した。
 けれどその翌年、ある素朴な疑問が真冬のぼくの脳裏によぎる。「そういえば、同じ物をサンタさんにお願いしたことってなかったよな……。もしお願いしたらどうなるんだろう……?」
 ぼくはコダック事件の翌年もサンタさんにコダックの指人形を願った。くれぐれも、くれぐれも指人形ですよ、サンタさん。そう念を押して。
 が、それはそれとして、ぼくはその年のクリスマスに、咳のひどい風邪を引いてしまった。早く寝なければサンタさんは来てくれないと分かってはいても、ゲホゲホと咳がおさまらず眠れない。このまま朝になってしまったら、クリスマスプレゼントはどうなってしまうのだろう……と、布団を頭まで被ったまま心配していると、いつの間にか「それ」は枕元に置かれていた。
 人が近づいてきた気配は全くなかった。でも、ある時気がつくと、枕元にはラッピングされたプレゼントが置いてあったのだ。まるでそこから生えてきたみたいに。
 ぼくは大興奮で隣の部屋にいるパパとママに報告しに行った。すげぇ! 咳で寝れなかったけどサンタさんが来た! 全然わかんなかった! すげぇ! ……そしてプレゼントの包装を破ってみた。
 そこには、指を入れる穴がないかわりに、指人形よりちょっと大きめなサイズのコダックの人形が入っていた。……もしかしてコダックの指人形というのは、すでにダイヤモンドより貴重な物と化しているのかもしれない……と思った。サンタさんはまたしてもそれを見つけられなかったのだ。
 パパママと「やっぱダメか〜w」と笑いながら、ぼくはその年でコダックの指人形を諦めた。「そろそろサンタさんが可哀想じゃない?」と言われたような気もするし、単純に願った通りのプレゼントが欲しくなってきただけだったような気もする。何にせよ、とにもかくにも諦めたのだ。
 ……ところでぼくは当時、デュエルマスターズ(以下デュエマ)というカードゲームにハマっていた。どのくらいハマっていたのかというと、パソコンでデュエマのデッキ(カードで戦うための編成のようなもの)を調べたりしているほどだった。当時からすでに、面白いデッキをネット記事にして紹介してくれる人は世の中にいたのだ。
 コダック事件(2年目)の翌年、ぼくはサンタさんに「ぼくの考えた最強のデッキ」をお願いすることにした。……つまりそれは小学生がコピー用紙にくそ汚い字で手書きした「なんという名前のカードが何枚欲しいのか」のリストを枕元に置いておく計画だった。……ちなみにデュエマのデッキを構成するカードの総枚数は、ルールで決められたきっかり40枚である。
 それで結論から言って、ぼくはその計画を実行に移さなかった。思いとどまる理由が山のようにあったのだ。たとえばそれは、そもそもなぜそんな物を誕生日等ではなくサンタさんにお願いしようとしたのかというと、欲しいカードの大半が近所のカードショップには売ってないせいだったから。すると当然、コダック事件のことが頭をよぎることになる。
 また、両親から「いくらサンタさんでもそんなピンポイントな物を揃えられるか……?」と疑問を呈されたこともある。あるいは、自分の書いたメモが字の汚さにより解読不能だと、大人から苦笑をもらった経験も活きていたのかもしれない。
 とにかくそういうわけで、ぼくは「ぼくの考えた最強のデッキ」は頼まず、何か別の物を頼んだ。それが何であったのかはもう覚えていない。ただ一つ確かに言えるのは、願った通りの物が願った通りにやって来たから、コダック事件のように特別な記憶として残りはしなかったのだということだ。平和なクリスマスだったように思う。
 ……ところで、辻褄から考えておそらくその年のことだったと思うのだけれど、ある時両親からクリスマスについてこんな提案をされたことがあった。
「プレゼントを持ってきてくれるサンタさんをおもてなししてみたら?」
 それが何をきっかけに始まった話だったのかは分からない。テレビでそのような話を見たせいだったのかもしれない。それでとにかくぼくは、ある年のクリスマスに、サンタさんに渡すクッキーを焼くことになった。コダック事件を境により明確に、サンタさんは神様のようなものではなく、もっと親しみのある人物なのだということが分かって、それが家族の共通認識になっていたことも大きく影響していたように思う。
 ぼくはうきうきでクッキーを焼いた。と言っても、したことといえば型抜きくらいで、あとはほとんど母がこなしてくれたのだけれど、とにかくサンタさん用のクッキーを焼いた。また、その途中で「トナカイ用にも何かあった方がいいのでは?」という発想に至って、コップではなく深皿に注いだ牛乳も用意しておくことにした。
 そして満を持して迎えるクリスマスの夜。その日はよく眠れた。翌朝目が覚めたぼくは望み通りのプレゼントがあることを確認して満足しつつ、それはそれとしてクッキーと牛乳がどうなったのかをドキドキしながら見に行った。するとそこには……。
 綺麗に空になった皿と一緒に、手紙が添えられていた。そこには「Thank you!」と、いかにも外国人が書いたらしいカッコイイ書体で書かれていた。……それを筆記体と呼ぶのだということをぼくが知るのは、それからまだ少し先、中学生になってからのことだった。
 その手紙を見た時、ぼくは感動した。やっぱりサンタさんは本当にいたんだ! と思った。そして翌年のことを考えた。毎年クッキーでは飽きるだろうし、トナカイだって毎年牛乳では飽きるだろうし、次は何を用意したらいいかな……と。
 ……だけど夢とは、突然に醒めるものである。少し話は逸れるけれど、ぼくには当時仲の良い友達がいた。同じクラスの女の子だ。
 当時のぼくは一人だけモンハンを持っておらず、インドア男子グループからハブられていた。そこでぼくは女子グループに混じって遊ぶことに活路を見出し、グループの内の、特にその子と仲良くなったのだ。ここではその子のことを仮にAさんと呼ぶことにしよう。
 当時ぼくの通っていた小学校には、朝読書習慣というものがあった。朝の10分程度の時間にみんなで何かしらの本を読みましょう……という、ありがちな学習習慣があったのである。読む本は自由であり、持参しても図書室で借りてきてもいいけれど、漫画や雑誌はNGだった。
 が、この世の本という物は、小説と漫画と雑誌の3種類だけに区別できるものではない。朝読書にはグレーゾーンが存在していた。
 本を持参することが当たり前になっていた小学校の教室に、Aさんは、「うちの3姉妹」という本を持ってきていた。その本の内容はざっくり言って、面白おかしい子育てブログの書籍化だった。頻繁に導入される挿絵の部分は漫画と言えなくもないけれど、基本は文章で進行する。そういう風な、学校的にはグレーな本だった。
 うちの3姉妹は最終的に二桁巻数が発売され、アニメ化までされたほどの人気作品である。当時、ぼくもそのシリーズにハマっていた。何冊かは買ってもらったこともあるけれど、全てとまではいかなかった。……けれどAさんは全巻を持っていたし、最新巻が出ればそれも入手していた。となれば、ぼくが言うことは一つである。
「Aさーん! 貸してくださーい!」
 Aさんは快く何冊でもその本を貸してくれた。だからぼくがうちの3姉妹をほぼ全巻読むことができたのは、まったくもって彼女のおかげなのである。
 ……さて、ここまで語れば、ぼくの身に何が起こったのかは大体察しがつくだろう。長々と続いたサンタさんの話、この記事のタイトル、子育てブログの書籍化…………たどり着く答えは一つだ。
 子育てブログを書く大人が、そのブログの読者に、まだランドセルを背負っているような子どもを想定するだろうか? いいやしない。少なくとも、うちの3姉妹の作者はしなかった。あるいは、想定と配慮はしていたのかもしれないが、それは足りていなかった。
 さも当然のように、至極当たり前の常識をわざわざ改めて取り上げることはしないように、サプライズパーティを計画する話と同じようなノリで、…………そこには「親がサンタさんとして、子どもの枕元に夜な夜なプレゼントを置く話」が記されていた。
 ……ぼくはその話を初めて読んだ時、書いてある内容がよく分からなくて、三度ほど読み返した。何か話が飛躍していないか? 何か話を見落としていないか? そんな気がして何度もページを行き来した。先週までは敵だったアニメのキャラクターが、気付くと当然のように主人公の隣に立って親しげに会話している様子を見て、「あれっ? 一週飛んだ……?」と思うような感覚にそれは似ていた。
 けれど何度読んでも、その本の内容が意味しているところは一つだった。……サンタさんとは親なのだ。サンタさんとは、存在しないものなのだ。
 ぼくはその日知った。ぼくのパパは、あるいはママは、英語を筆記体で書くことができるのだ。





 それからぼくは過去のことを振り返った。コダックの指人形を見つけられず、二年も苦肉の策に出た親の気持ちはどんなものだったのだろう。一緒に「ダメだったか〜w」と笑いあっていた時、パパとママは、ぼくが泣き出さないことに安堵していたのだろうか? どんな気持ちで、どれだけの時間それを探してくれたのだろう?
 ぼくの考えた最強のデッキなんて頼まなくて本当によかった。死ぬほど悩ませてしまうところだった。カードゲームを知らない人にカードを探させるなんて酷なことだ。しかも、近所には売っていない物……つまりどこにあるとも知れない物を探させるなんて。「サンタさん困っちゃうんじゃない?」と言った親の内心は、どれだけ冷や汗を流していたことか。
 あの日音もなく枕元に忍び寄ってきた親の隠密技術はいったい何なんだ……!? ぼくが咳に集中する一瞬の隙を見てやってきた……おそらくはパパの、その技術と度胸は凄まじい。どれだけの緊張感があったことだろう。そしてそのプレゼントを発見したぼくが報告に飛び出してきた時、両親は心の中でガッツポーズなりハイタッチなりをしていたのだろうか。
 あの手紙にはThank youとか書かれていたけれども、……感謝とはどういうものなのかということを、ぼくはサンタさんの真実を知ったと同時に、初めて理解したように思う。そしてちょうどよく、我が家には元々「サンタさんが来るのは小学生まで」という言い伝えがあった。ぼくはそれから間もなくして小学校を卒業した。
 そしてぼくはそれ以来、「サンタさん」の一員になった。ぼくには、歳の4つ離れた弟がいるのだ。当時まだ中学生だったサンタさんに課せられた初の使命はただ一つ、沈黙である。サイレントナイト、ホーリーナイト。
 ……それで時は巡り巡って、最近ついに弟が成人した。そして何年も前から我が家では、父が通勤時に使っている黄色のバイクが「コダック号」と呼ばれている。ゲームとしてのポケモンは未プレイである両親が、アニメにレギュラー出演しているわけでもないポケモンを色濃く覚えていることに、人生が一日一日の繋がりであることを実感する。
 ……ついでに、あの頃仲がよかったAさんには今彼氏がいて、最近はその彼氏と同棲生活を送っているらしい。時々その生活の様子が写真付きで送られてくる。あちこち出かけたり、バレンタインにチョコを作ったり、家でだらけてみたり……。
 ……言うまでもないけれど、ぼくに恋人はいない。クリスマスは家族と過ごす。全然悪いことじゃない、素晴らしいことだ。365日楽しく暮らしている。良いことだ。……けれどぼくに恋人がいないことは、たとえばぼくが筆記体を書けないせいなんかではないと、さすがに自覚もしている。
 コダックの指人形を探したことのある両親になら分かるだろうけど、この世には、探しても見つからないものというのがある。けれど、なのに元サンタさんである父は、最近ぼくにこんなことを言うようになった。
「彼女ほしいとか思わないの? 彼女作ろうぜ、なっ! がんばれ!」
 この際ネジ巻きで動くやつでいいから、枕元に置いといてくれよ。ぼくは去年のクリスマスもそう思いながら寝た。ケーキは食べた。おいしかった。

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