勇者と魔王と聖女は生きたい【14】|連載小説
僕とマオが旅に必要な必需品を買い揃えた頃には、もうすっかり日が暮れていた。
薄暗くなり、少しずつ光の魔素を使った街灯の光が灯る。いつもなら人がまだらになってもおかしくない時間帯だったが、一向に人が減る様子がない。
魔王討伐を祝ったお祭り騒ぎは、まだまだ終わりそうになかった。
「遅くなっちゃったね」
「うむ。思った以上に人がいるのう」
途中で買った、犬耳の形に見える帽子をかぶったマオが、りんご飴を舐めながら頷いた。
買うものが多かったのもあるが、人が多くて思うように進めないのも、遅くなった理由の一つだ。ようやくたどり着いた宿屋に入ると、カウンターにも厨房にも人の姿がなかった。みんな、外に出ているようだった。
「屋台の食べ物を買ってきて正解だったな」
「そうだけど……りんご飴は違うと思う」
「何を言う。ミーティアはきっと喜ぶぞ」
「そうかなぁ」
未開封のりんご飴を片手に、マオが階段を上っていく。僕はその後ろを、大きなリュックを背負って付いて行った。
「ミーティア、お土産を買ってきてやったぞ!」
「ただいま、すごい人だったからミーティアは待っていて正解だったよ」
階段を上ってすぐの部屋の扉を開く。
そこで待っているはずのミーティアに声を掛けながら、部屋の中に入った。
「……ミーティア?」
けども、どこにも彼女の姿はなかった。
争った形跡もなく、ただ彼女だけが忽然と消えてしまった。
*
ウィル様とマオ様を見送ってから少しして。
私は、黒装束の男たちに手で口を塞がれ、ナイフを向けられ、従うように脅されて宿屋から連れ出された。
今は、街の外れの地面に座らされている。何もできない無力な少女と思われたらしく、縛られたりはされなかった。
「いつも通り、すぐに殺さないのか?」
「ああ、彼女はとある御方が直接手を下さないといけないらしく、教会に連れて戻るよう指令が下っている」
「珍しいな」
「ああ、だが俺たちは責務を全うするだけだ」
黒装束の男が3人で、話し合っているのが聞こえる。
「今回の指令が終われば、俺たちを"人間"に戻してくれるんだ」
私からは、"人間に見える"のに。
おかしなことを言う彼らに笑えて、心に余裕が生まれた。
それに、マオ様の殺意に比べたら、今の状況なんてかわいいものな気がして、体が動いた。
「あ?」
立ち上がり、街の光に向かって駆け出す。
口は塞がれなかったのは、幸いだったのかもしれない。マオ様に貰った犬の形を模した笛を口に加えた。
息を大きく吸って、吐き出す。
「…………?」
音が、ならなかった。
「きゃ!」
背中に大きな衝撃があり、地面に倒れ伏した。
そして、背中に重い何かが乗って押さえつけてくる。
「おい、何、逃してんだ」
「わ、悪い……」
もう一人、黒装束の男がいたらしい。私を踏みつけて、他の三人の男たちに文句を言っている。それから何かを話しているが、私の頭には入ってこなかった。
どうして。
どうして笛が鳴らないのだろう。ちゃんと私は息を吐いたのに。
最悪な考えが頭に浮かび、血の気が引いた。
マオ様に、音が鳴らない笛を渡された?
「さっさと連れて行くぞ」
「痛っ」
腕を強く掴まれ、無理矢理立たされる。
ああ、またあの死を待つだけの教会に戻るのか。いや、死を待つだけの教会ではない。教会に着いたらすぐさま殺されるのだろう。
今度は逃げ出さないように縛るため、縄を持った男が近づいてくるのをぼんやりと見上げる。
「…………」
……死にたくない。
自分が殺されることが女神の預言で分かってから、ずっとそう願っていた。
けれど、それは私が殺される日が近づいて来たころには失くなっていた。
本当はもう諦めていた。
殺されることを受け入れていた。
せめて痛くしないで欲しいな、なんて考えてもいた。
そんな私の目の前に、私が死の預言を詠んだ、勇者様と魔王様が現れた。
こんなことってある?
最初は頭が真っ白になった。けれど、その白から光が見えた気がした。
ニンマリと太々しく笑う魔王様。
暗いお顔をしているけれど、何とか笑顔を見せる勇者様。
私も。
魔王様と勇者様に向かって、手を伸ばした。
諦めていた願いが、また蘇る。
私も、彼らと同じように……。
「っ……たく、ない」
「あ?」
「死にたくない!私は、死にたくない!」
掴まれていない方の手で、笛を口に持って行く。
何度も、何度も何度も、鳴らない笛に息を吹きかけた。
「おい、いい加減に……」
「うるさいのぅ」
唐突に、場違いな少女の声がした。
私の腕を掴んでいた男は、いつの間にか消えていた。下を見ると地面に倒れてる。
「そう何度も笛を吹かんでも聞こえておるわ」
「ど、どうして……」
倒れた男の背中の上。
犬耳の形に見える帽子をかぶった、黒髪に褐色の肌の少女が仁王立ちになっていた。
「マオ様!」
「私の連れが世話になったようだなぁ」
ニンマリと太々しく笑う。
「お礼をしないとのぅ」
赤色の瞳が煌めいた。
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