勇者と魔王と聖女は生きたい【5】|連載小説
「人間、とは面白いことを言うな」
どれくらいの時間が流れたのだろうか。
仲間から見放され、殺されかけたショックから泣き崩れていた僕には時間感覚がなかったけれど。
僕が落ち着いてきた頃を見計らって、魔王が言った。
「私の耳を見ても"人間"と称するか、小娘」
「お耳?あら、フワフワですね」
今は彼女より幼い姿で"小娘"と称した魔王に対し、特にそこに追及することもなく彼女は魔王の獣耳に釘付けになった。
「……感想はそれだけか?明らかに私は魔族だろう」
「触ってもよろしいでしょうか?」
「何を?……いや、耳か。ダメに決まっておるだろう」
「えー」
なんだこやつ、と魔王の心の声が聞こえた気がした。
きっと気のせいだ。それは僕の心の声だった。
「触りたいです。ダメですか?マオ様」
「ちょっと待て、なんだマオ様って」
「あら、そちらの方が呼んでいました」
「違う、マオではなく魔王だ」
「?」
頭を抱える魔王が新鮮だった。
部屋の外では未だに騒ぎが収まっていないというのに、この部屋の中だけは時間の流れが遅いような錯覚をする。
意思の強そうな目とは裏腹に、彼女の会話のテンポは遅くてフワフワとしている。
「というか、魔王と呼んでいただと?お主、どこから話を聞いていた?」
「あら、最初からです。隣の部屋にいましたもの」
彼女が指で示した先は、僕たちが入って来た扉とは別の扉があった。
奥には大きなベッドが見える。隣の部屋に繋がっていたようだ。
「兎に角。突然、部屋に入ったのは悪かった。私たちはすぐ部屋を出るから、騒ぐのだけはやめてくれ」
「かまいませんが、お城から出るのにお困りではありませんか?」
「何?」
「私、お城の抜け道を知っています」
魔王の獣耳に触れたい、と言っていたのんびり口調のまま、衝撃的なことを発した。にこりと笑う姿、のんびりとした声がどこかで覚えがある気がして僕は戸惑った。
「ご案内する代わりに」
そこで、少女が頭を下げた。
「勇者様、魔王様、その逃避行に私もお供させてください」
のんびりとした口調から一転して、緊張した硬い声で、そう懇願した。
「は?」
今、この少女は何と言っただろうか。
勇者、魔王と僕たちを呼んではいなかっただろうか。
いや、それよりも。
「逃避行にお供させろ?何が目的だ?」
今まで、少女を適度に相手をしていた魔王が警戒をあらわにする。
少女が急に攻撃をしてきても、なんとでもなるという余裕の表れだったが、こちらの正体、目的を知っているなら話は別なのだろう。
魔王は、ここで初めて少女と真正面から向き合った。
「今日、私は勇者様のお仲間のシオン・エーデル様に殺されます」
「は?」
魔王が素っ頓狂な声を出した。
「あ」
僕も声を上げた。彼女の緊張した硬い声で思い出したのだ。
僕が旅に出る前。
魔王討伐の王命を受けた時、王の隣には王妃と殿下の他に、聖女がいた。
僕は跪いていたし、王座までの距離が遠くて顔が見えなかったけれど、腰まで伸びた銀髪はよく覚えている。
「女神の預言に、力を失った聖女ミーティアを天へ返したシオン・エーデルを次代の聖女に任命する、と詠まれていました」
そして、声。
"勇者が魔王を討伐する"女神の預言を詠みあげた聖女の声が、今の緊張して固くなった声と同じだった。
「お城の抜け道は知っていますが、私一人、外で生きていけるとは思えません。どうか一緒に連れて行ってください!」
必死に懇願する姿に、嘘があるようには思えなかった。
「私、死にたくありません!」
『僕は、死にたくない』
魔王に零した、僕の泣き言が頭をよぎる。
弱弱しかった僕とは違う。彼女は女神の預言に自ら逆らい、生きるためのチャンスを逃すまいと、強く、強く願っていた。
その姿に、僕は同調と憧れを抱いた。
「連れて行っちゃ、ダメ、かな?」
だから、僕は魔王に聞いた。
僕の言葉に、魔王がきょとんとした顔をしていた。
女神の預言の言うがまま人生を送ってきた僕は、物事を決められない。
女神の預言で僕の死が詠まれてしまい、これからどうすればいいか分からない、と情けない姿を見せた僕が、意見を口にするのは魔王には意外だったのだろう。
なんだか照れくさくて、慌てて言い訳を口にする。
「死にたくないって、僕も同じ気持ちだから」
「……そう、そうだな」
僕の言い訳に、魔王は優しく頷く。
「私も、死にたくないな」
”死にたくない”。
これが、特別の称号を持つ勇者と魔王と聖女の想いだなんて、人々は失望することだろう。
けれどこれが三人の素直な想いだった。
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