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勇者と魔王と聖女は生きたい【1】|連載小説

僕は一人、魔王の間の扉を開けて外へ出た。
入った時に比べたら、身も心もボロボロに疲れ果てていた。今すぐにでも眠って現実から逃避したかったが、まだそうはいかない。そこで戦っていた二つの陣営を見下す。

全員の反応を見逃すわけにはいかない。

そこには、魔王の間に入る前と同じく、合計8人の人間と魔族の姿があった。
僕を魔王の下へ行かせるため、四天王を食い止めていた僕の仲間たちである四人の人間。
そして、僕が魔王の下へ行くのを邪魔してきた、魔王の側近で四天王と名乗る四人の魔族。

「そんな……魔王様が、負けた……?」

驚愕の顔をする四天王たち。
腰まで伸ばした艶やかな金髪に、紫の瞳の幼い少女の人型をした魔族は、涙を流し、膝から崩れ落ちた。

「魔王様!」

銀髪に金色の目、整った顔を真っ青にさせた青年の人型魔族は、慌てて僕の横を駆け抜けて魔王の間へと入って行った。

そこに、"魔王はいない"というのに。

僕は腕の中の、マントに包み込んで人の目から隠した"暖かい小さな存在"を、ほんの少しだけ抱きしめる力を強める。苦し気な抗議の声が、聞こえた気がした。

「あの魔王様が……?」

「ぐぬぅ」

褐色の肌で、頭は牛のような半人半牛の魔族と、腕や足だけではなく全身が毛むくじゃらの狼の頭を持つ魔族。
狼型の魔族の表情は、僕には判別できないが、苦渋の顔をしているのだと思う。彼らの反応から、魔王はみんなから認められ、慕われていたのが分かった。

魔王は、倒さなければならない。

魔王の間に入るまでは、ただそれだけを考えていた。人の世の中では当然の理である。
人に害をなす魔物を操る魔王の力が強まると、魔物はより凶暴化して人々を襲うようになると云われている。
それ故に、魔王は人の世で死を望まれていた。死ぬのは当然。殺すのが当然。人の世は、魔王討伐の知らせに喜びに沸くだろう。

だが、魔族側では魔王は慕われていた。
涙を流して悲しむ者、慌てて駆ける者、死が信じられない者、目を閉じて追悼する者。
魔王の死を悲しむ者が存在すると、僕は考えもしなかった。彼らから魔王を奪ったのだと思うと、心が痛んだ。

そして、僕の仲間たち。

「ウェル!魔王を倒したのか!」

「早いじゃない。私たち、不要だったわね」

「俺たちは四天王に苦戦していて、とても行けそうになかったしな」

「そ、それは言わないでよ!出鱈目なのよ、あの銀髪の魔族!」

喜びにあふれた笑顔を浮かべて僕の名を呼ぶのは、国に仕える騎士であり、城で修業を行っている間に僕の親友になった青年、名をハイス・アラケル。金色の短髪で、意思の強そうな鋭い青色の瞳に、均整のとれた容姿。
"女神の預言"もあったが、正義感溢れた性格と騎士隊長の覚えめでたい実力もあり、自ら魔王討伐の旅に志願してついてきてくれた男だ。

そして、水色の長い髪をツインテールにした、勝気なやはり水色の瞳。憎まれ口ばかりの魔法の天才美少女のエル・プロジナル。
エルは"女神の預言"によって、魔王討伐の出発当日に顔合わせをした魔法学校の天才。旅の道中、魔法の本を読むばかりで話した回数は少なく、いつも不機嫌な顔をさせていた。しかし、今回ばかりは珍しく喜びが隠せないようで、うっすらと頬が緩んでいるのが分かった。

「よくやった、ウェルよ」

僕の剣の師でもある大男が頷く。
既に40歳を超えると聞いたが、大剣を振り回すために極限まで鍛え上げられた筋肉によって、年齢を感じさせない大男で、名をレアムト・レーラという。キレイに剃られた頭が眩しい。
"女神の預言"もあり旅についてくてくれた頼もしい存在だ。こちらも、普段はピクリとも動きそうにない表情筋が、少しだけ緩んでいるようだった。

そして、もう一人。

"女神の預言"を、国王や民たちに伝達する教会に属する女神官。
艶やかな長いピンクの髪、青い大きな瞳に涙を浮かべた少女、シオン・エーデルが笑顔で僕を迎える。

「無事で良かったです、勇者様」

歓喜に震える声も、完璧だった。

だが、僕は、見てしまった。

笑顔を作る前の、僕がここにいることが信じられないような、化け物を見るようなシオン・エーデルの顔を。

その顔を、僕は生涯、忘れられないだろう。

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