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粛々と、営む

夜中、飼い犬が廊下で飛び跳ねている。
見るとカマドウマを追いかけている。
都心部での住まいは、平地と言えど高気密住宅で、
どこからともなく虫が家に入り込んでいることなどなかった。
犬が虫を見るのは散歩中のことだけで、おっかなびっくり眺めていたのが
山に暮らすようになってからは虫を追いかけて遊ぶようになった。
庭を掘り、ウッドデッキで昼寝し、猿が出れば追う。
どれもコンクリートの散歩道やささやかなベランダでは出来なかったことばかりだ。
そういうの、嫌いなんだと思ってたけど、君、ずいぶん野性的じゃないの。

人間も、ずいぶん暮らしぶりが変わった。
たぶん、いちばん変わったのは義母で
東京の真ん中で生まれ育ち、都会的な暮らしこそが目指すものだと信じて疑わなかった彼女が
「ここの暮らしは柔らかくて暖かみがある。これが人間の営みなんだなって初めて知った」
山暮らしに馴染み始めたころにそんなような事を呟いたのがとても印象に残っている。
アウトドアが大嫌いなはずのに、毎朝ウッドデッキで深呼吸をし、コーヒーを飲む。
庭に出て塀に腰掛け本を読み、ついでに筍を探し、焚火をすれば「もっと燃やそう!」とはしゃぐ。
そういうの、嫌いなんだと思ってたけど、あなた、ずいぶん楽しそうじゃないの。

家にいることがストレスになるタイプの義母があのまま都心部で暮らしていたら、きっと今回の自粛暮らしは大変な負担になっていただろうなと思うと
意外なまでにのびのびと自然のなかで過ごす様子に「義母を田舎に連れてきてよかったのかな」と思っていた気持ちは溶けていった。
都会でも田舎でも、人の営みに違いはないけれど、どちらも試してみることで見えてくるものがある。
虫が嫌いで、都会的な暮らしを信じ、アウトドアも土いじりもしない義母の
思いがけず家族の誰よりも上手な薪ストーブの火起こしを、羨ましく眺めていた冬を思い出す。
この家に住み始めてから、もうすぐ1年。
季節は、粛々と進む。

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