昭和のgifted - 59 死にたいと言う人も本当は死にたくない可能性がある
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以前の記事で書いたけれども「死にたい」と言う人は「生きてるのが辛い」とか「消えてなくないたい」みたいな感情をわかりやすく伝えるために「死にたい」と言う。
かく言う私も鬱傾向の頃は「もう駄目だ…死にたい…楽になりたい…」と言っていた時期がある。
まぁメンブレする度にやっぱり生きてる意味ないのかなって思いつつもそう簡単には死ねないな、と復活を繰り返してきた訳だが。
病んでるときに軽率に「筋トレしたらいいよ!」と脳筋の人に言われてイラッとしていた。
そもそも布団からでれねぇんだよ!!!
と。思ってはいたものの、筋トレし始めるとそれが優先というタスクができるので些末なことに心惑わされないでいれるから身体を動かすのは大事なんだな、とは思う。
心が動かなくなると身体も動かなくなる。身体が動いていれば心が止まりにくくなる。それはこれまでの経験で確かに実感できるようになった気がする。
それでやや鬱気味の振れ幅が小さくなっていたタイミングでサバゲーにハマった友達が、私を元気づけようと誘ってくれた話をしようと思う。
元来好戦的でオタク気質の私はサバゲーはやったことがなかったが、実際にフィールドに行くハードルが高いと感じていただけで普段使いの靴や鞄も軍落ちのミモッズコートとかタクティカルブーツを持っていたので比較的簡単にフィールドに行けることになった。
人生初のサバゲー。S&Wのモデルガンを持っていたし(ただカッコいいからと言う理由だけで)エアガンもレンタルできるとのことだったのだから、せっかくだしとハイキャパを追加購入した。
人生初のサバゲー。友達にならってアサルトライフルをレンタルし、待ちの生き残り先方での1st gameと2nd game。
撃たれたらそこで終了と言うルールの中で元来好戦的な私の生存本能が呼び覚まされる。
じっと生き残るの待ってるだけでいいの?やられる前にやらなきゃなんのためのサバゲーだよ。
アサルトライフルぶら下げてたら走りにくいし向いてないわー。
そしてついに(と言うかただの短気と言うか)「だいたいルールわかったし、アサルトライフル向いてないからハンドガンのみで行ってくるね!」と経験者の友達を置き去りにして単身フィールドに突っ込んだ。
男女混合の2チーム戦、女子はハンデとして1回生き返りあり、フラッグを先取した方が勝ちというルールで私は単身ハンドガン1丁で攻め込んで、フラッグを守っていた敵陣を撃ち倒しフラッグ奪取に成功した。
あーーーーー!!めっちゃ生きてるーーー!!!
3rd gameが終わった後、セーフティエリアに戻ったら女子がフラッグを取ったんだってやるねぇ〜!と参加者さんたちに声をかけてもらった。
「やるねぇ〜!普段他のところでやってるの?」
「今日人生初サバゲーです!めっちゃ楽しかったです!」
「!!!!!!?」
なんか、人生初サバゲー女子が生き返りなしでフラッグ奪取するのは珍しいらしくその後めちゃくちゃ勧誘された。
あんなに死にたい死にたい言ってたのにサバゲー中めっちゃ生き残りに行ってめちゃくちゃ面白かったwwwww
と、帰路の途中で友達から盛大に笑われた。
単純明確に「これをやれ」というクエストが目の前にぶら下がっていて、そのクエストに対して矛盾がないことにおいてどうやら私は生き生きするらしい。
何が言いたかったかというと、鬱とかで病んでもうこの世の終わりだーってなってるとき、人は死ぬことを一度は考えるんだのかもしれないけれど、いざ災害とか戦場に直面したら案外生きようとするのかもしれないということ。
私が死にたいと思っていたとき、飛び降りは迷惑かかるし、なんかなるべく痛くない方法が良いなとか思って、最終的に「隕石落ちてきてくれ。」これだったら仕事周りでも仕方ないって思ってもらえそうだし、極力他者に迷惑がかからなくて致し方ないと思ってもらえる明確な理由づけができるものはなにか…とかなり大真面目に考えていた。
死にたいとか言ってるくせに仕事の責任放棄はなんか駄目な気がしてた。
ちなみに闇堕ちちゃんはいろいろ考えて凍死しかない!というところに至って業務用冷凍庫を買おうとしたそうだ。
はたから聴けば面白話にしか聴こえなくても本人たちはいたってロジカルに考えた結果そういうことを考えることがある。
そしてはたから面白話程度にしか聴いてもらえなかった人たちには、もしも突破的な"なにか"が起こったら潔く諦めるのか、それでも抗いたいという気持ちが目覚める可能性があるのかを真剣に悩んでほしいと思う。
どれだけ堕ちていて、病んでいて、自分でも目の焦点が合ってない気がして、やばい顔してるなーって思っていたときに家の中でズッコケたりして、心の中で「セーフ!!!!」って叫んでたり、なんかふふっと笑えることがあったり、思い切り泣けたり、なにかしら感情が動くことがあれば「私、まだ笑えるなぁ」とか「私、まだ泣けるなぁ」とか思って生きてることを実感してきた。
まだ笑える、まだ泣ける、まだ怒れる。
心を閉ざしそうになる度に、「だったらもっと笑えて泣けて怒れることがまだあるはずだ。」と私は自分に言い聞かせてここまで生きながらえてきた。
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