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本を読めなくなった時に読む本があるならば、音楽を聴けなくなった時に聴く音楽がある。

数年前、母が難病になった。
結果的に未だに
診断はついていない。

一時期、命の危機に瀕したことも。
自分の仕事もある中で
母の入院生活をサポートした。

当時の私は26歳。
母は50歳。

あの歳で母との別れる可能性が
あるなんて思わなかった。

明日死ぬかもしれない、
治療法が見つからない毎日に
日常が一変した。

自分の人生を生きる余裕はなかった。
母のことで精一杯だったから。

気がついたら、
外界から情報を
取り入れることをやめた。

テレビに映るキラキラした情報、
友人たちのSNSでの投稿。

同じように歩んできたはずなのに
急に抱えたこの問題は
誰とも同じ温度感で共有できなくて。

思い切って打ち明けては
返り血を浴びた。

「私もお母さんと旅行
 行けるうちに行こう〜」
「気分転換に飲み行こうよ」

職場の同僚の結婚話。
「木に子さんも結婚しないの〜?」
何気ない会話のボールが
無防備な私には豪速球で。

受け取るミットもないまま
鈍く体に当たってくる。

こちらの気持ちを汲んで
発された言葉とはわかっている。

けど、無意識の配慮にこそ
傷ついたりするもので。

次第に、人々から受け取る情報を
コントロールしたし
自分が出す情報も切り取っていた。

闘病のフィクション本なんかも
読めなくなったし
ドラマも観られなくなった。

励ましてくれるような音楽も
私にとっては光が強すぎて
耐えられず。
耳も閉ざした。

そんな時に出会った一つの本。

「悲しみの秘儀」

若松英輔さんの本だった。

どこで出会ったかも覚えてはいない。
のだけど、誰のことばも構えていた
自分にとって
スッと入ってくることばたちだった。

そんな若松さんが書かれた本の中には

「本を読めなくなった人のための読書論」

という本がある。

これになぞらえて
本題は
”音楽を聴けなくなった時に聴く音楽”

外界からの情報を
閉ざしていた数年間。

その間にも私のそばに居続けて
くれた音楽たちがいる。

mol-74(モルカルマイナスナナジュウヨン)
というアーティストの楽曲たち。

メッセージは込められているのに
受け取るかどうかは
聴く側に委ねられているような。

当時は、音楽を聴いて
社会の音から耳を閉ざしたいのに
元気を出そうとする音楽からは
遠ざかるように生きていた。

元気なる元気もなかったから。
元気づけることば、歌詞を
受けとる心の余白がなかった。

けど、mol-74の音楽は
歌詞を聴かなくとも
背景にある音たちが
耳を包んでくれた。

当時は
その音たち
ばかり聴いていたように思うし
むしろ音しか入ってこなかった。

ギターの音を追いかけたり
ベースの音に集中してみたり
ドラムのリズムに合わせて歩いたり。

時々歌詞に心を預けてみたり。

元気にならなきゃって
励まされなきゃっていう
託された強制がない。

元気な音楽を作る人たちを
否定しているわけではない。

太陽の光では強すぎる時に
月の光くらいで生きてもいいよねって
思える、そんな楽曲たち。

ずっと聴いてきた人たちだったけど
その時期を経て
この人たちの音楽さえあれば
生きていけるんだと思えた。

高校生の時の恩師に
この音楽があれば生きていけるって歌
出会えるといいね。
と言われたのを思い出す。

先生にとっては
THE YELLOW MONKEYさんの
『薔薇色の日々』だった。

これがあればと思えるもの
思える気持ち
好きなものに自信を持てること

これがあって
強く生きられるようになった。

先生、私も出会えましたよ。
私にとっては
mol-74の『Teenager』でした。

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