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父との最後の面会

 2月に入って早々妹から、父親の容態が悪化して入院した、実家へ返ってきて欲しいと母が言っている、という連絡がありました。 話によると、現在父は大腸がん末期で入院していて、もう治る見込みがないので余生を快適に過ごすために緩和ケアを受けているようでした。私は行くかどうかとても迷いましたが、父が死んでから、生前に会っておけばよかったと後悔して自分が落ち込むのは嫌だと思い、面会をすることにしました。

 実家に戻ると、母と可愛い猫が迎えてくれました。母は私に優しい声をかけてくれましたが、私はまだ母を許す気になれなかったので、冷たく接し続けました。実家では、これまでの不満や怒りを母にぶつけました。私が父と面会することに決めたのは、父が亡くなった後に後悔することを避けたかっただけだということ、父と母は自分たちの問題を子供に背負わせて、親としての責任を果たせていないということ、子供を育てる能力がないのに無責任に子供を産まないで欲しかった、産まれたくなかったということ、私は父親に育ててもらった覚えがなく、酔っ払ってネットゲームをしている姿しかほとんど覚えていないと言うことを伝えました。

 翌日、母の妹である叔母が私の実家に訪れ、私と母と叔母と3人で父の病院に行くことになりました。病院に行く前に、叔母と2人で話をしました。父の状態や私と両親の関係について話すとともに、父が病気で家族旅行が難しかった時に親戚と一緒に旅行した楽しい思い出などについても話しました。自分の生い立ちの中で楽しい思い出もあったということを思い出しました。

 その後、叔母と母と3人で父のいる病院に向かいました。父は痛み止めの点滴を受けながらも、笑顔で私たちを迎えました。「キネシンちゃん、来てくれてありがとう」と言ってくれました。しかし、それでも私は父を許すことはまだできず、素っ気ない態度をとりました。その後、病院の食堂に移動し、ゆっくり話をすることにしました。病棟の周りを見渡すと、ほとんどの患者が年配の方ばかりで、父が一番若かったことが印象的でした。これまで散々アルコールを飲んできたこと、自覚症状があったのか健康診断で大腸の検査だけをスキップしていたこと、抗がん剤治療を頑なに拒否して民間療法にすがったことが災いしたのだと思います。父に現実を受け入れる強さがあれば、このようなことにはならなかったのだろうと思うと、余計に悲しくなりました。

 父は終始笑顔で話していましたが、自分の命が長くないことを理解しているようでした。私は父にこれまでの思いをぶつけたいと思いましたが、今は余生を快適に過ごすための緩和ケアを受けているから邪魔をしてはいけないと思い、我慢しました。そして、父はまだ幼いいとこからもらった手紙を肌身離さず持っており、そこには「またマジック見せてね」と書かれていたのを覚えています。別れの時間になったとき、私は父に「もう来ないよ」と言って別れました。心なしか笑顔だった父の顔がその瞬間だけ曇ったように見えました。

 父と別れた後、私は父に対して素っ気ない態度を取ったことや、「もう来ないよ」と言ったことに罪悪感を感じて涙が溢れました。母と叔母に、「普通の父親のもとで育っていればもっと温かい言葉をかけられたかもしれないけど、父親のアルコール依存症の姿しか覚えていなかったから、そんな気持ちになれなかった。複雑な生い立ちを経て壊れてしまった私の心は二度と完全には戻らない。そんな心を抱えながら生きていかなければならないのは辛くて死にたくなる。もうすぐ死ねる父親が羨ましい。」と言いました。そして母は私にもう一泊実家に泊まることを勧めてきましたが、実家で過ごすのはしんどいし、もう母と話したくないと思ったのですぐに自分のアパートに帰ることにしました。

 帰りの新幹線の中で、なぜ自分が父親にそんなに冷たく接したことに罪悪感を覚えたのか考えました。考える中で、父が持っていた幼いいとこの手紙を思い出し、私と妹が小さい頃、父が私たちにマジックを見せてくれたり、一緒に遊んでくれたりしていたのを思い出しました。そして、私はだからこそ父親を憎み切ることができなかったのだと気がつきました。私が小学生になった頃から、父はアルコール依存症、うつ病になり変わってしまいましたが、その前にはちゃんと父との温かい思い出が存在していたことに気がついたのでした。

 どちらにしても、私が次に帰省するのはおそらく父のお葬式になるでしょう。でも今回、父がアルコール依存症になる前の温かい思い出を最後に思い出すことができて良かったと思いました。


あとがき

妹に頼んで、「アルコール依存で私たちに悲しい思いをさせたこと、抗がん剤治療拒否したことは許してないけど、小さい時いっぱい遊んでくれて嬉しかったよ。ありがとう」と父に伝えてもらうことにしました。

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