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滑稽なのに普遍。映画『イニシェリン島の精霊』レビュー

『イニシェリン島の精霊』を観ました。

あらすじ
舞台は1923年、アイルランドの孤島イニシェリン島。妹のシボーン(ケリー・コンドン)と二人で暮らしているパードリック(コリン・ファレル)は、いつものように友人コルム(ブレンダン・グリーソン)をパブに誘うが、突然絶縁を告げられてしまう。理由が分からず、戸惑いを隠せないパードリック。さらにコルムは、パードリックに恐ろしい宣言をする……。

https://filmaga.filmarks.com/articles/217884/

単なる感想

『スリービルボード』が本当に大好きなので、とても期待していた。
これはあまり事前情報を入れない方が良いだろうと私の映画インスティンクトが言っていたのでよく分からないまま観た。

一体何を観たんだろう…と思うくらい新鮮な映画だった。
まず、アクションでもSFでは断じてない。ヒューマンドラマ…?かもしれない。一番近いのはコメディなのだろうか。でもコメディにしてはイニシェリン島が不気味すぎる。大抵の日は天気が良くないし部屋の中も暗いし人々も決して明るいと言えない。雰囲気はホラーだ。なのにやっぱりクスっとくるシーンはあるし、緩急の付け方がこちらを笑わせに来ている。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/b7f3464da764a0c09e8315f557b8a9731b1368de

でも、それにしては行き過ぎている。
『スリービルボード』はサスペンスであり、ヒューマンドラマであり、確実に何かではあった。


なんだ、、、なんだったんだこれ、、、、、、
すごく好き。。。。

もう少し具体的な感想(ここからネタバレ注意)

映画の建付けは新しすぎてわからないのだけど、テーマは我々の生活と密接に関わっている。

「田舎」の嫌な部分を煮詰めて抽出した舞台設定、「イニシェリン島」

島自体はめちゃくちゃ綺麗だけど、田舎の嫌な部分を煮詰めて抽出したような場所である。島民は何かにつけて構ってくるし噂はすぐ回るしセクハラモラハラが横行している。島民は「不満が溜まっているのに島を出る勇気はない退屈な人間」(シボーン台詞より)ばかりだ。


現実世界では起こりえない絶縁

https://www.banger.jp/movie/92148/

そんなイニシェリン島の時間が動き出す。
バービーランドに変化が訪れるように、イニシェリン島にも変化が起きる。音楽家おじさん(コラム)が友人であるおじさん(パードリック)を無視するところから映画が始まる。それを観た島民が口々に「ケンカしたのか?」と構ってくる。この現象は現実世界ではなかなか起こらない。

まず多くのおじさんというのは何かしらのメリットがないと友達を作らなくなる。居酒屋でおじさんとおじさんが笑顔で酒をお酌し合ってるのは、互いの利益を守り、増幅させるためだ。仮に互いにメリットがない無償の友情が存在するとしたら、それはご近所付き合い等が多いだろう。ご近所友達だとしたらいきなり無視することは地域での自身の立ち位置が危ぶまれるし、暮らしづらくなるから普通はやらない。徐々にフェードアウトが一番現実的なやり方だろう。
でもコラムはやる。パードリックに対し「お前は退屈だからもう話さない」と宣言する。作品前半はこの作り物感が滑稽で面白い。

切実な中年クライシス

コラムは人生において何も成し遂げないことを恐れて「意義のある」交友関係を築こうとする。音大生と演奏したり権威ある警察官と仲良くし始める。実りや学びのある議論を重視して、何も学ぶものがないパードリックとは話さなくなる。
自分が何も作品を残さず死ぬことが本当に嫌そうな様子で、中年クライシス真っただ中なのだろうと察する。
私はまだ中年ではないけど、人生への焦りを感じているという点では共通しており、コラムの切迫感のある気持ちに共感した。

分かり合えない絶望

それでもパードリックは話しかけ続ける。昨日まで親友だったし、これからもそのはずだからだ。何度話しかけるなと言われても、話しかける。
自分と他者に境界線を引いて、自分がやりたいことを優先させたい人の気持ちが理解できない。
自分と他人にしっかりと境界線を引いている人間と、そうでない人間が分かり合うのは本当に難しい。てか不可能なんじゃないかと思う。どうすればよいのだろう。

何故コラムは指を切らないといけなかったのか?

コラムはパードリックに「これ以上話しかけたら自分の指を切る」と宣言する。
パードリックは人との境界線が曖昧なタイプだ。だから友達をやめ、別の道を歩いていく、ということが理解できない。人間関係が変化していくことが分からないし受け入れられない。そしてコラムのことが大好きだ。パードリックの頑固さとコラムへの愛をコラムは理解していた。だからこそ、指を切るという方法しかないと思ったのではないだろうか。パードリックではなく自身を傷つけることで、パードリックが話しかけてくるのをやめるのではないかと思ったのだろう。
この行動は極端すぎるけど、何を言ってもわからん人に対してヤケクソになってしまう気持ち、めちゃくちゃ分かる。行き過ぎた行動を取る事で自分の覚悟をブラさないようにしようと自分を律する部分もあったのかもしれない。もう対話すら辞めたいけど、何かしらの原因で(この場合は2人とも狭い島に住み続けている)辞められない。つらい。つらいよ。。

自立と依存

https://hitocinema.mainichi.jp/article/2h18-g9ke

コラムもパードリックも島から出ていく気はないのだろう。コラムはその前提で、どうやったら絶縁できるかを考えていたはずだ。その結果コラムは指を切ることになった。関係に依存していたのはパードリックだけでなく、コラムも同様だったのではないかとと私は思う。だからこそこのような極端な行動に出ることによって見せしめのようにした側面もあると考える。

二人とも島にいる限り、結局縁を切る事は出来ないのだろう。いくら話しても分かり合えないのになんだかんだ切れない。そのもどかしさや葛藤の描き方が、現実世界における親子関係に似ているなと思いながら鑑賞した。

ホラーの舞台になるような気味が悪く美しい島で展開される中年クライシスコメディドラマ。最高である。

現時点ではディズニープラスでしか観られないが、ぜひ観てみてください。


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