君に届かない【#青ブラ文学部】
君と目があう。
その瞳はいつも穏やかで僕を癒やしてくれる。
でも君はポーカーフェイスだから、実際のところ君が何を考えているのかは分からない。
そうやっていつも僕を弄ぶのだ。全く、意地が悪いと言うか、惚れた弱みと言うか………。
だけど、君が唯一、僕に心を許す時がある。
それは食事の時だ。普段はあれほど僕との距離感を保っているのに、食事の時だけは君との距離が確実に縮まる。
喉を鳴らしながら食べる君の姿はとても愛らしくて、ずっと見ていられる。
時刻は12時過ぎ。今日も君の食べる姿を存分に見せてもらおう。
僕は「ツナとささみのハーモニー」を小皿に乗せると玄関のドアを開けた。
君は大きな鳴き声を上げながら、僕に近寄って来る。その表情はポーカーフェイスを脱ぎ捨て、満面の笑みを浮かべている。そう、僕は君のこの笑顔が見たかったんだョ。
アスファルトに小皿を置くと同時に、君は食べ始めた。
喉を鳴らしながら、一心不乱に食べる君。今日も食欲があって嬉しい。
君の艶々とした毛並みと、黒と白色のコントラストを見ていると、君は本当に可愛くて、愛しくて、そして僕を大いに癒してくれる。
うれぴー。
君との距離はおよそ1m。
この1mは僕にとって100mを意味する。いや、もっとだ。近くて遠い国と呼ばれる国があるけれど、あの国以上に遠いかも知れない。
君が小皿に乗っている「ツナとささみのハーモニー」を半分くらい平らげたところで、僕は動いた。
僕は右手を真上に上げ、自分のつむじを触りながら、君に向けて右手を伸ばした。君はまだ気づいていない。今日こそ君に届くかも知れない………。
君の可愛い頭に僕の右手が届く直前、君は遠のいた。それはまるで君の頭上に目があるかのように、君の俊敏さに僕は脱帽した。
そのまま君は僕に怪しい、とても怪しい一瞥をくれると、その場でグルーミングを始めた。
「嗚呼…今日も君に届かなかったか。まあしょうがない。また来いよ」
僕がその言葉を投げかけると、野良猫は茂みの奥に消えて行った。
僕の想いはいつ君に届くのだろうか………。
【了】