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二人の国際線CAから、同時に告白されて翻弄する35歳サラリーマンの苦悩。

これからお話することは、少し前の僕に実際に起こったできごとです。
文才があるわけでもないので、コラムや小説じゃなくて日記のようなものだと思ってもらえれば幸いです。

2016年11月
空港の待合場のような場所で僕はただ、ぼーっと窓の外を眺めていた。
夕方から降り始めた細かい雪は、ナトリウム灯に照らされてオレンジ色に染まったところだけが吹雪いているように見えている。

彩子から届いた最後のメッセージは10時間ほど前だった。
「やっと飛べる。空港で待っててね♡」

彩子と会うために僕は今日の朝からフランクフルト空港へ向かい、そこから1時間かけてここウィーン国際空港に降り立った。
飛行機からボーディングブリッジを渡り、空港施設の大きな窓ガラスから見た人生初のウィーンの景色は、どんよりとした灰色の雲に包まれていた。
空港の正式名称はウィーン・シュヴェヒャート国際空港と言うらしい。
ヨーロッパの国際空港なんて、どこも似たようなものだとた思っていたのだけど、ここウィーン国際空港はなんとも小じんまりとしていてローカルな雰囲気が漂っている。そして、どこか懐かしく居心地よかった。

物事が予定通りに動いていたのであれば、僕がこの空港に着くころには彩子の乗った飛行機はとっくに到着しているはずだった。そして僕たちは久しぶりに落ち合い、ウィーン市街地街のレストランで食事をとり、きっと今頃の時間には彩子の部屋のベッドの中で愛し合っているころに違いなかった。
しかし、僕はまだ照度の落ちた空港の肌寒いフードコートのような場所の隅っこに一人で時間を持て余している。

成田からウィーン国際空港までのフライト時間は12時間だから、あと2時間もすれば、じきに彩子を乗せた飛行機は到着することだろう。
バッテリーの少なくなったApple Watchを見ると既にヨーロッパの時間で22時を回っていた。

彩子はウィーンエアラインの客室乗務員として働いている。
年齢は先月末に28歳の誕生日を迎えたばかりだ。
彼女が仕事としているフライトは、成田とウィーンを月に2往復するだけで、それ以外の大半はスタンバイだと言っていた。スタンバイとは、自分とは別の飛行機で働く予定の客室乗務員が、突然に体調を崩したり不慮の事態が起こった場合に備えるための、言わば控えの要員として過ごすことだと以前に彩子から聞いたことがある。

僕がドイツのフランクフルトへ仕事に来ているタイミングで、彩子の住むウィーンで合流し、週末を二人で一緒に過ごそうと提案してきたのは彩子だった。
ウィーン国際空港に到着してから既に10時間以上は経っているのに、僕はまだ空港の施設から外へ出ることは無くずっとターミナルの中にいる。
いや、夕方に一度だけ食事と軽く飲める場所を探して、道路を挟んで空港施設の向かいにある建物へ歩いて向かってみた。

高速道路を渡った先の他には何も無い殺風景な場所にその建物はあった。
建物の横には駐車場らしき広いスペースがあって、一見すると病院のように見えなくもないのだが、入口に怪しく光るピンク色のネオンサインが灯っていることから察して、おそらくそこは病院では無く、飲食店やマーケットが入っている商業施設であろうと直観的に思っていた。

建物に近づくにつれて、ネオンサインの怪しい光はその明るさを増し、建物の周囲と、そして地面に降り積もった雪をピンク色に染めていた。ネオンは英語の筆記体でMoxy Vienna Airportと綴られていた。

建物の入り口にあるガラスでできた回転扉をくぐり抜けると、そこには暖かく、ほのかに薄暗い空間が広がっていた。
暖かなのは空調温度のせいだけではなく、エントランスにある調度品の雰囲気や、それらを優しく照らすタングステン色の落ち着いた照明が、空間全体を優しく包み込み暖かな印象を醸し出していた。

回転扉をくぐり抜けた場所からほど近い受付けのような台の側に一人のスーツ姿の背の高い男が、紺色のワンピースを着た若い女性と何かを話していたるのが見えた。男は僕の姿に気付き、すぐさま、それでもゆったりとしたどこか品のある歩き方で近づいてきた。
男は僕の1メートルほど前まで来ると丁寧に会釈をし、ドイツ訛りの英語で「Welcome to our hotel. Do you have a reservation for accommodation?」(当ホテルへようこそ、ご予約のお客さまでしょうか)と声をかけてきた。

「ホテルだったのか」僕は咄嗟に言葉を声に出してしまった。
彩子を待ちながらずっと一人で過ごしていたせで、数時間ぶりに出した声だった。何だかおかしさがこみ上げた。
男は僕の顔を見ながら、怪訝な表情で返事を待っている。
僕は「いいえ、宿泊客ではありません。何か食べる場所は無いかと思って来てみました」と英語で伝えた。

すると背の高い男は、残念そうな表情で「申し訳ありません。今夜は医療関係のカンファレンスがあって、この時間は宿泊者以外の方はレストランをご利用頂けないのです」と答えた。僕は「近くに食事ができる場所は他に無いものだろうか」と更に尋ねてみた。
背の高いその男は「タクシーで市街地へ向かうか、もしくは空港内のフードコート以外は無いでしょうね」と首をすくめるようなジェスチャーを交えながら答えてくれた。
そして「もし、市街地まで行くのであれば、玄関にタクシーを呼ぶことができますよ」とも言ってくれたのだけど、僕はそれを断って回転扉を出口の方向に進んで再び空港施設へと引き返した。

「たいへんお待たせ、いまVIEに到着しました♡」
彩子からメッセージが届いたのは日付が変わって間も無くのことだった。
VIEとは国際航空運送協会が定めているウィーン空港を示すコードを言い、彼女たちCAらと会話すると必ずこの呼び名が登場する。だから今では僕も関西国際空港をKIX、フランクフルト空港をFRAなどと自然に呼べるようになっていた。

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今後の予定
いきなりCA仲間の引っ越し手伝い

オーバーラー温泉・テルメ・ウィーンでドキドキのサウナ体験

大阪難波で焼き鳥デート

シンガポール出張の機内で里奈との出会い

フランクフルトでクリスマス

オークラホテルと里奈の涙

NYで偶然に女子大生の明日香ちゃんと焼肉

香港で里奈とデート

彩子とホイリゲでワイン

ベルリンで彩子と真昼の情事

里奈と神戸デート

香港で彩子と里奈

彩子と日本海でキャンプ


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