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君の絵-3

1,
 送別会が終わり僕はうちに帰ってすぐに"Photographer"のビデオを探し始めた。明日からはもう会社に行かなくて良いのだから何時まで探しても大丈夫なので、とっても気分は爽快だった。ビデオ類はほとんどが仕事の作品集で倉庫のどこかの段ボールに入れてあったと記憶していた。倉庫と言っても8畳くらいの広さで仕事の機材がほとんどを占領している。その機材が積み上がっている奥に作品集、と書かれたダンボールを見つけた。そのダンボールの数は約30箱、僕は一箱づつ、そうアルバムを見るような感じで丁寧に開けて行った。
 中身はほとんどがCMのcopyだった。CMは今やdataやyoutubeのURLを教えてもらうことが主流だが、以前は作品ごとにcopyをもらっていた。探していくとほとんどが今の時代にはもう無くなってしまっているVHS tapeというものだった。そのテープの背表紙に作品名が書いてある。僕はその一つ一つを見ていくと今まで34年間やってきたことが昨日のことのように蘇ってきた。撮影に行った場所、出演していた人たちのこと、mixをした自分のstudioでの光景、あらゆるものがこのテープの背表紙を見ることで思い出されるのだ。
 "Photographer"のビデオはなかなか見つからなかった。
 始めてから3時間ほどたった午前4時。25箱目の段ボール箱の中に、それは、あった。背表紙の文字は少し霞んでいたけど確かにこのテープだ。そしてはこの中には当時のビデオを作った記録が書かれているCampusの方眼紙を使ったA4のノートが入っていた。ビデオの前にこのノートを見ることにした。
 ノートにはスライドの順番とそれぞれ撮影された場所が当時語られていた彼の言葉通りのことが書かれており、これを見ると昔のスライド上映会のことが思い出されてきた。急にスティーリー・ダンが聞きたくなり、僕はスマートフォンを取り出して検索しBGMがわりにかけることにした。音楽がかかると自分の脳ははっきりその状況を覚えていて、全てが鮮明に再現してくれる感じがしてきた。各々時間帯も大体は書かれているが場所のことは何々峠付近、とか正確な住所が書かれていることはなかった。
2,
 夜はすでに明け始めていた。
 問題はこのビデオを再生することにあった。
 "Photographer"のテープは誰かに渡そうとしていたのか3本あった。昔のビデオテープは時間が経つと経年変化で伸びてしまったり切れてしまったりする。もうおそらく30年は経っているからその状態が気になっていた。
 次の問題はもうすでにVHS tapeを再生する機材が動くのか、ということ。僕は機材が大好きなので今まで使っていた機材は壊れていなかったらだいたい持っていた。VHS tapeの機材も倉庫の機材棚の上の方に埃をかぶって残っている。その機材を棚から下ろし"Photographer"のテープを3本、そしてそれをかける前にチェックするCMの作品集を何本か手にして倉庫をでた。
 部屋に戻るとテープを再生する準備に取り掛かった。昔のビデオテープレコーダーなので映像や音のアウトプットが今とは違いアナログの3本の線を使うものだ。黄色の線が映像、音はこれは今でも変わらず赤白の線を使う。自分のMacbook proにつなげるにはアナログ信号を変換してHDMIの信号にする必要がある。探してみたら、入力が3つのプラグで出力がHDMIという小さな変換機を見つけた。
 さあ準備は整った。
 電源を入れcableをつなぎMacbook proを立ち上げる。この当時の機材は繋がっているとブルーの画面が出力される。今まさしくブルーの画面が出ているので機材は繋がっていると想像できた。
 最初から"Photographer"のビデオを再生するにはリスクが大きいので、まずは他のビデオで試すことにした。テープを入れると独特なローディングの音がして再生できる準備が整ったようだ。プレイボタンを押すとカラーバーが出てきて音はピーというよく聞く1KHzの信号音が再生された。多少画面も音もふらついた感じだが問題はなさそうだ。画面は今や見ることがなくなった4:3のsizeのものだ。16:9が当たり前の現代ではとっても異質な感じがした。カラーバーが終わるとクレジットが出て、当時のCMの内容が出てきた。これはこれでとっても懐かしくクレジットの表記だと年代的に自分が20代の頃にやったCMの作品だった。
3,
 特に再生には問題がなかったので"Photographer"をかけることにした。
 テープをローディングしプレイボタンを押す。
 先ほどと同じようにカラーバーが出てきてそのあとにクレジットが再生された。
 映像は黒に落ち10秒ほどして"Photographer"が始まった。
 1曲めはBabylon sisters。シンプルなスネアのフィルインから映像と曲がスタートした。
 30数年ぶりに彼は目の前にいた。あの上映会が再び始まったのだ。
 僕は随分彼の顔は忘れていたけど、映像の中の彼をみているうちに当時の状況、一緒にみていた友達、当時好きだったバドワイザービールの缶のこと、そして今でも時々乗っているKAWASAKI RS650の音など、色々な映像と音がmixされて、僕はいつの間にか眠ってしまっていた。

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