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ステージの上の彗星

彼女はメンバー1の努力家だと思う。

「皆、何かしら評価される部分があったからオーディションに受かって、ここに立ってると思う。でも、もしそうだったら私の評価される部分はたぶん伸びしろとか成長とかだと思う。今、みんなより秀でてる部分が1個もないから」

彼女はそういう。

オーディションの時の彼女は、アイドルが好きな、アイドルに憧れる女の子だった。ステージでキラキラするアイドルを見て、自分もステージに立てばそんなふうになれるかなって。そんな憧れを話す彼女を見て、可愛いなって思った。

ダンスは下手っぴだった。
元より運動が苦手らしく、振りを覚えていても身体がついて行ってない感じだった。
レッスンの進行度が合わなくて、しばらく別メニューをこなす日々。けどそのうち合流した彼女は真新しい靴を履いていて。

「やっと、合流できたよ。何足ダメにしたら合流出来るかって、ずっと考えてた」

そうやって笑う彼女に少しだけ、恐怖を感じた。
ストイックとか真面目とか、言い方はいくらでもあるけど、そんな言葉で片付けられない迫力があった。

「満ち足りることは望まない。誰も満ち足りてる人を心から応援なんて出来ないもん」

そう言って、合流してからも彼女はレッスンシューズを履き潰して行った。


チャンスは平等に訪れる。
けど、順番も、質も、量も、均等じゃない。

「努力は必ず報われるかはわかんないけど、それが努力をしない理由にはならないよね」

彼女は尊敬するアイドルの大先輩の言葉を、そんなふうに話す。

「努力はチャンスを受け取る器なんだよ。鍛えて、大きくして、どんなチャンスも取りこぼさないようにしないと…」

それは私達じゃなく、きっと自分に向けた言葉。


歌はうまくはなかったと思う。
けど、魅力的だった。
それでも、ソロ曲が与えられたのは私達の中で一番最後。彼女は心底嬉しそうだった。
初披露のライブ前、ずっと笑顔だった彼女は、ステージ袖の出番直前で、恐ろしいほど冷たい顔をしてた。今なら分かる。それは他の誰でもない自分自身へ向けた顔だった。

失敗は許されない。
このチャンスは死んでも掴む。
足を運んでくれた、ファンに応える。

あらゆる決意と追い込みが、
彼女を開花させたんだと思う。

ステージの上で圧倒的な存在感と、
剥き出しの感情と、慟哭のような歌声を披露した。

観客席の多くが唖然として、歓声を上げることを忘れた。一部は泣きながら歓声を上げた。もはや狂騒と言っても良かった。

私達はただ泣いた。
頑張り屋の努力が実った瞬間を思って。
これから始まるだろう彼女の躍進を思って。
それに追い立てられるだろう自分達を思って。

フラフラと袖に帰ってきた彼女は、私達に笑っていった。

「やっぱりこうやって生きていたい。ステージに立って、光に照らされて、歓声を浴びて生きていたい」

そのために、一体どれだけの時間と労力を費やしたんだろう。もはや狂気じみている。

その狂気が、この日、完全に伝播した。

熱狂。

その熱に浮かされ、彼女は走り続けるだろう。
それこそ、己の身を焦がして。燃え尽きるまで。

私達はそれに付き合っていくんだ。
もう途中で降りることは許されない。
諸共燃えカスになるまで走るんだ。
そう、確信してしまった。

まるで太陽に向かう彗星みたいに。
激しく燃えて、これでもかと輝く。
燃え尽きて塵になって消える、その瞬間まで。

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