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夜喫茶チャイティーヨ 縁故と貴女と。

この日、喫茶チャイティーヨはいつもとは違う特別営業を行っている。昼営業をお休みして、夜営業にスペシャルゲストを集め、この日限定のメニューも用意したダイニングバーのようなスタイル。
しかしながら、僕らはおろか集めたゲスト達も、自身らのファンがこんなに熱心とは思っておらず、この日の店内は普段の穏やかな夜喫茶チャイティーヨとは似ても似つかぬ盛況ぶりを見せていた。

〇〇「史緒里さん、餃子2人前!」
史緒里「はい!えーとあと2人前で完売!」
〇〇「了解!美月さん、クロックムッシュ1、サンドイッチ1です!」
美月「うわ〜、あとベーグルだけだったのに〜!〇〇、トースターはどうなってるっけ?」
〇〇「先に入ってるクロックムッシュが後2分くらいで上がります!」
美月「出したらまた予熱しておいて〜!」
〇〇「了解です!祐希さん生クリームは?」
祐希「あと5分ちょうだい!」
美波「〇〇!ホール戻る前にホットケーキひっくり返して!」
〇〇「はい!」

ゲストとして招かれたのは、
元々は餃子専門店からスタートして、今は中華料理屋さんの“中華飯店 久保家”の久保史緒里さん。
チャイティーヨで出しているパンの仕入れ先、“ベーカリーやました”の山下美月さん。
チャイティーヨの乳製品の仕入れ先、“与田ファーム”から与田祐希さん。
恐ろしいことに、御三方とも飛鳥さん達の元同僚なんだそうな。

アベンジャーズか、とでもツッコみたくなる美人達の共演も、この忙しさではゆっくり眺めてもいられない。僕は電熱コンロにセットされたフライパンを手に取り、分厚いホットケーキを丁寧にひっくり返す。現在、ずらりと4つ並べられた電熱コンロは全てホットケーキに占領されている。

美月「こんなに忙しいなんて聞いてな〜い!」
美波「泣き言言ってないで、手を動かしな!」
祐希「鬼がおる…!」
史緒里「いっそもう餃子売り切ってほしい〜」
〇〇「ホール戻ったら蓮加ちゃんに推してもらうよう言っときますよ!」
史緒里「おねがーい!」
飛鳥「〇〇!いつまでキッチンいんの!アイリッシュ珈琲、エスプレッソマティーニ、エスプレッソトニック!」

キッチンの入口に掛けられたカーテンから、飛鳥さんが顔を覗かせる。

〇〇「はい!これだけやったら出ます!」

最後のホットケーキを返して、タイマーのスイッチを入れる。

史緒里「えっ、もう〇〇行っちゃうの!?」
祐希「生クリーム立てるまで洗い物入って欲しかった!」
美月「私達を見捨てて行っちゃうんだ…」

すげぇ後ろ髪引かれるなぁ。

美波「茶番やる余裕はあるんだ?」

茹で上がったパスタをアルミパンに投下しながら、美波さんが睨みをきかせる。

美月「冗談、冗談」
祐希「久しぶりの圧…」
史緒里「気合の入り方が違うね…」
美波「〇〇、こっちは大丈夫!」
〇〇「はい!お願いします!」

今回の特別営業は元々美波さんの提案。ゲストとの交渉や、具体的な内容など、ほとんど美波さんが主導で計画された。史緒里さんの言う通り、気合の入り方が違う。
僕はカーテンを抜けて、カウンターに戻る。

飛鳥「タンピングからお願い」

豆の計量を行いながら、飛鳥さん。

〇〇「了解です」



チャイティーヨのエスプレッソマシンは2連のレバー式。マシンのすぐ横にポルタフィルター。珈琲の粉を入れて、マシンにセットするホルダーのこと、が2つ準備されている。
頼まれたタンピングは、タンパーという道具使ってセットされた珈琲粉を押し固める作業。結構力がいるので、非力な飛鳥さんにはちょっと辛い作業。と言うと本人に、

飛鳥『非力って言わないでくれる!? 平均的だから! 梅がパワー型なだけだから!』

と怒るけど、実際大変そうなので、僕か美波さんが担当することが多い。エスプレッソを抽出するにおいて、大事な工程なため、適切な加重でタンピング出来るように体重計を使って結構練習した。
軽くレバーを引いてお湯を出し、洗浄。フィルターをセットしないで引くと、圧がかかってない分、レバーの戻る力が強くて危ないので、この辺も飛鳥さんにはなるだけさせられない理由である。
フィルターを2つともセットして、レバーを引ききり蒸らし作業。5秒ほど待ってレバーを操作し抽出開始。スイッチで出し止め出来ないし、力もいるし、扱いの難しい子だけど、レバーマシンじゃなきゃ出せない味と濃度とカッコよさがある。というのが飛鳥さんの談。僕もこれには同意なので、今後もこの子とはうまく付き合っていきたい。
飛鳥さんが珈琲のハンドドリップを行いながら、ウォッカとシュガーシロップを出してくれる。僕はシェイカーとグラス、珈琲リキュールを準備。
エスプレッソの抽出が完了した辺りで、レジを終えた蓮加ちゃんがカウンターのバッシングにやってくる。

美月「お先のベーグル!」
〇〇「はい!」

キッチンから美月さんが持ってきてくれたベーグルを受け取り、トースターからクロックムッシュを皿に盛り付けて、2つの皿を蓮加ちゃんへ。トースターの再余熱も忘れずに。

〇〇「蓮加ちゃん、クロックムッシュとベーグルお願い。それと餃子があと2人前。推してくれる?」
蓮加「お、任せて任せて」

にっこり笑って元気に返事してくれる蓮加ちゃん。
僕とそんなに年齢も違わないけど、飛鳥さん達と仕事をしていた時期があるらしい。まぁおそらくバイトってことなんだろうけど。
今現在はEスポーツのストリーマーをやってるらしくて、配信前の腹ごしらえとカフェイン摂取に、夜営業のチャイティーヨへちょくちょく来店してくれる。今回の特別営業のホール要員として、夜に強い蓮加ちゃんに、美波さんがお手伝いを打診してくれたそうだ。実際、元気で明るい接客が、今日の賑やかなチャイティーヨには合ってる気がする。

シェイカーにウォッカ、エスプレッソ、シュガーシロップ、珈琲豆をホワイトラムに浸漬した自家製の珈琲リキュールを投入して氷とともにシェイク。

蓮加「上手になったよね〜」
〇〇「これはもう練習あるのみだったからね〜」

昼間の営業ではアルコールの類は提供していないけど、チャイティーヨで働くメンバーは意外とお酒好きで、夜営業開始の暁には、アルコールメニューの導入は最初から検討されていた。
とはいえお酒好き=お酒に詳しいというわけでもないので、メニュー選定は難航。結局最初の頃は瓶ビールやウィスキーなど注ぐだけで済むお酒を取り扱うことに。しかしながら折角充実した珈琲周りのアレコレを活かせないのはもったいない。と飛鳥さんと僕で珈琲カクテルの研究を始めるまでそう時間はかからなかった。
飛鳥さんと奈々未さんの紹介で、とあるお店でオーナーさんに師事して、お酒とバーテンダーとしての技術、ミクソロジーついて勉強させてもらった経験も大きい。
数ヶ月前には僕自身もお酒を飲める年齢になったので、現在では自分で味見も出来るようになったし、個人練習も捗っている。
カクテルグラスにシェイカーの中身を注ぐと、飛鳥さんがグラスに氷を入れて、トニックウォーターを注ぎ、先程僕が抽出したエスプレッソをそっと注ぎ入れた。僕は珈琲豆をカクテルの液面に置き、デシャップのトレンチに飛鳥さんが作ったドリンクと共にセットする。


〇〇「蓮加ちゃん、エスプレッソマティーニとエスプレッソトニックお願い」
蓮加「はーい」

2名がけのテーブル席へドリンクを持っていく蓮加ちゃんを見送って、僕はアイリッシュ珈琲の準備にかかる。アイリッシュウイスキーを耐熱グラスに注ぎ、ウォーマーと呼ばれるランプ付きのスタンドにセット。ランプにマッチで着火してウィスキーを温める。
隣では飛鳥さんがアイリッシュ珈琲用のグラスに砂糖を入れ、抽出した珈琲を注ぎ、バースプーンでステアする。飛鳥さんのステアは所作が綺麗でつい見てしまう。現状、アイリッシュ珈琲のオーダーが入ってる時しか見れないんだよね。

飛鳥「なに?」
〇〇「いえいえ、なんでも」

僕はランプから火を拾ってウィスキーに着火。アルコールを飛ばす意味もあるけど、演出の意図も大きい。くるくると火のついたウィスキーをグラスの中で転がしてから、飛鳥さんが入れてくれた珈琲へ。傍から見れば炎を注いでるように見えるだろう。

祐希「ごめん、生クリームお待たせ〜。あとパスタも上がったよ」

キッチンから立てた生クリームの入ったボウルと、パスタの盛られたお皿を手に、祐希さんか顔を出す。

〇〇「ナイスタイミングです」

ボウルを受け取って、生クリームをたっぷりと真っ黒な液面に乗っける。シナモンを削りかけて完成。

蓮加「ちょうどいいや、食器受け取って〜」
祐希「おっけー」

カウンターから下げた食器を蓮加ちゃんが祐希さんに手渡し、代わりにパスタの皿を受け取るのを見て、僕はコースターとスプーン手に取り、アイリッシュ珈琲を運ぶ。 

〇〇「カウンターさんなんで直接持ってきます」
飛鳥「頼んだ」

抽出の終わったフィルター類を片付ける飛鳥さんの後ろを通り、入口側のカウンター席へ。

〇〇「お待たせしました、アイリッシュ珈琲です」

〇〇「ごゆっくりどうぞ」

お声がけをして引き返そうとした時、店の入口が開く。

〇〇「こんばんわ。おぉ、ハマさん!」
ハマ「どうも〜」

ハマさんは乃木駅の近くでレコード屋をやってるメガネにヒゲのお兄さん。飛鳥さんのお知り合いで、チャイティーヨにレコードプレイヤーを設置するにあたり、色々相談に乗ってくださったらしい。現在も飛鳥さんは定期的にハマさんのお店で新入荷のゾーンをディグっていて、僕も何度か同行したことがある。本名は浜田郁未さんというそうだけど、周りがハマさんと呼ぶので、僕もそれに倣ってる。ものすごく気さくで物腰柔らかいお兄さんだ。

〇〇「ちょうど一席空きました」
ハマ「お、ラッキー」

先程蓮加ちゃんがバッシングしてくれた席へハマさんを案内。

飛鳥「こんばんわ」
ハマ「こんばんわ、盛況じゃないですか〜」
飛鳥「想定以上です…」

やや辟易とした感じで言う飛鳥さん。

蓮加「お冷やとメニュー失礼しまーす」
ハマ「ありがとうございます」
蓮加「〇〇、テーブル4名さんに餃子2人前」
〇〇「わぁ、流石蓮加ちゃん」
蓮加「でしょ笑」

にっこりピースサインを残して、蓮加ちゃんは再びホールの巡回に向かう。僕はキッチンを覗き込んでオーダーを。

〇〇「餃子2人前でーす!」
史緒里「やった〜!餃子完売!」
美月「〇〇〜!これおねがーい!」
〇〇「はーい!」

あとはトースターで焼くだけとなったクロックムッシュを受け取ってキッチンを出る。

飛鳥「今日は遅めですね」
ハマ「在庫整理に時間かかっちゃって」
飛鳥「お疲れさまです」

おふたりの会話を聞きながら、トースターにクロックムッシュを放り込む。

飛鳥「何飲みます?」
ハマ「ブレンド…、いやロワイヤルにしようかな」
飛鳥「はーい」

豆の計量を始める飛鳥さん。僕はブランデーを取り出して、角砂糖とロワイヤルスプーン準備する。

〇〇「お店、どうですか?」
ハマ「日によりけりだね〜。まとめて大量に買ってく人が来る日もあれば、暇すぎて笑っちゃう日もある」
〇〇「読めないですよね〜、最近」
ハマ「ほんとにね〜」

他愛ない話をしていると、美波さんがキッチンから顔を出す。

美波「ホットケーキあがるよ!」
〇〇「了解です!」

トースターが設置してある作業スペースにミニビーカーを並べ、メープルシロップを注ぐ。

〇〇「蓮加ちゃーん」
蓮加「はーい、カトラリーは持っていったよ」
〇〇「気が利きすぎてる…」
蓮加「へへへ笑」

少し照れくさそうに笑って、メープルシロップ入りのビーカーをトレンチで運んでくれる。僕はバターを準備。

美波「よろしく〜!」

キッチンから現れた美波さんは4皿のホットケーキを一気に作業スペースまで運搬。

〇〇「どうやって持ってるんすか」
美波「気合!」

お皿を並べると、あっという間にキッチンに引っ込んでいく美波さん。その背を見送って僕はバターをピックでホットケーキに固定すると、トーチバーナーで軽く炙る。
先に2皿を仕上げてホールの蓮加ちゃんに手渡す。

〇〇「おねがーい」
蓮加「はーい!」

テキパキとしつつも、決してバタバタ感を出さないのはすごいなぁと思う。急ぐとどうしても周囲のお客さんに伝わって落ち着かない雰囲気になりがちだけど、蓮加ちゃん忙しい中でもそういう空気感を出さない。残りの2皿も仕上げて振り返ると、

蓮加「もらうよ〜」 

すでに蓮加ちゃんが待機中。

〇〇「仕事しやす過ぎてびっくりしちゃう」
蓮加「メッチャ褒めてくれるじゃん笑」

ホットケーキを手渡しながら、思わず声に出してしまう。適正な評価だと思うけど、蓮加ちゃんは嬉しそうだ。そろそろ抽出も終わるだろうと飛鳥さんへ視線を送ると、ちょうどカップへ珈琲を注ぎ終わったタイミング。

〇〇「仕上げまーす」
飛鳥「ん」

先程準備したロワイヤルスプーンをカップに渡し、角砂糖を乗せる。角砂糖にブランデーを染み込ませると、僕は珈琲とマッチ箱を手にハマさんの所へ。

〇〇「お待たせしました〜」
ハマ「ありがとうございまーす」

スプーンに乗った角砂糖にマッチで着火。
染み込ませたブランデーの香りと共に、小さな青い火が灯る。

火が消えたらスプーンを珈琲に沈めて混ぜ、ブランデーの香りが移ったちょっとリッチな珈琲、カフェロワイヤルの完成。

〇〇「ごゆっくりどうぞ」

ドリンクは捌けたので、僕はトースターのクロックムッシュを確認。いい感じ。そろそろ出すかと食器棚からお皿を出す。

美月「サンドイッチお待たせ〜」
〇〇「はーい」

サンドイッチを受け取り、作業台に置いてクロックムッシュもお皿に盛り付ける。
お皿を両手に振り返ると、ちょっとドヤ感のある表情で蓮加ちゃんが待機済み。思わず笑ってしまう。

〇〇「も〜、天才すぎ笑」
蓮加「でしょ〜?笑」

お互い笑い合ってお皿を受け渡す。

史緒里「先の餃子でーす」
〇〇「はーい」

こちらはカウンターさんなので、直接提供。それが済むと飛鳥さんも片付けが一段落したのか、ふぅ、と文字通り一息つく。

〇〇「あと餃子だけなんでなんとか捌けましたね」
飛鳥「あ〜、まだ油断できないけどね」
〇〇「蓮加ちゃんいてくれて助かりました」
飛鳥「…仲良さそうね」

なにか含みのありそうな言い方をする飛鳥さん。

〇〇「なんかこう無邪気さがありますよね、蓮加ちゃん笑」
飛鳥「どーせ邪気しかありませんよ」
〇〇「邪気しかないってどんな言い回しなんですか笑」

飛鳥さんのワードセンスってなんか面白い。
さすがお店の名前に、響きがいいからってだけでチャイティーヨってつける人だ。

〇〇「ここまで歳が近い人と働くのは、僕には初めての体験なので」

チャイティーヨはオープン時からメンバーが変わっていない。バイトは僕一人だし、あとは少し年上のお姉さん方。普通にチェーンのお店でバイトしていたら、恐らく肩を並べる同僚達は近しい年齢の子も多かったろう。

〇〇「ちょっと新鮮な感じなのかもしれないです」
飛鳥「ふ〜ん」

あっそ。
じゃないということは、なにか考えてるのかな。

〇〇「時々ならいいですけど、毎日こうだと普段のチャイティーヨが恋しくなっちゃいそうですね」
飛鳥「…あっそ」

別にフォローってわけでもなくて、実際そう思ってるから付け加えておく。飛鳥さんはあまりわかりやすい人ってわけじゃないけど、それなりに付き合いが長くなると見えてくるものもある。素直に受け取ってくれる人でもないけど、思ったことは伝えていかないとね。


〜〜〜〜〜〜


ハマ「ごめんね、長居しちゃって」
〇〇「いえいえ、こちらこそバタバタしちゃって」

本日最後のお客さんはハマさん。お会計を済ませて入口までお見送り。

ハマ「飛鳥さんもお疲れさまです」
飛鳥さん「ありがとうございました。また伺います笑」
ハマ「お待ちしてます笑」  

和やかな、いつものチャイティーヨの空気感。

〇〇「お気をつけて、おやすみなさい」
ハマ「〇〇もお疲れ」
〇〇「ありがとうございます笑」

入口の掛札がCloseになっているのを確認してドアを閉じる。

〇〇「お疲れさまでした!」
一同「終わった〜!!」

キッチンからわらわらと出てくるゲスト陣。

美波「達成感!」

一番最後に溌剌とした表情で出てくる美波さん。
その笑顔に、ヘロヘロだった皆も笑顔になる。

飛鳥「元気だなぁ」
梅「大変でしたけど、楽しかったですね」
史緒里「一番動いてたけど、一番元気なんだよなぁ」
美月「ホント。どこから湧いてでんの、その体力」
祐希「一生分くらい生クリーム泡立てたかも」
蓮加「私も結構楽しかったな〜」
〇〇「まぁまぁ皆さんお座りになってくださいな」

カウンターにゲスト陣と美波さん。いつもの定位置に飛鳥さん。僕はカウンター内に陣取る。

〇〇「ではお預かりしているメッセージと差し入れを」

冷蔵庫からシャンパンのボトルを取り出す。

〇〇「今日はみんなが集まると聞いて、是非顔を出したかったんだけど、どうしても行けそうにないので、〇〇にメッセージと差し入れを託しておきます。お疲れ様。橋本奈々未。というわけで、奈々未さんにシャンパン頂いてまーす!」
ゲスト陣「イェーイ!」
梅「いや、元気じゃん」
飛鳥・〇〇「笑」

妙なテンションになるゲスト陣。
一周回ってハイになってるんだろうか。

〇〇「はい、続いては〜」

飛鳥さんがバックヤードから袋に入った差し入れを持ってきてくれる。

〇〇「みんなのお手伝いしたかったけど、今日は予約が多くて抜けれそうにありません。またお店にもお邪魔します。差し入れ、皆でたべてください。お疲れさまでした。遠藤さくら。さくらさんからはみたらし団子頂いてまーす」
ゲスト陣「イェイ!」

ほんと楽しそう。

〇〇「ゲストの皆さんからも頂いてます。祐希さんから試作品のブッラータチーズ。こちらはフルーツが少し残ってるので、フルーツサラダでお出ししまーす」
祐希「評判よかったらレギュラー商品にしまーす」
〇〇「史緒里さんと美月さんからコラボの塩パン頂いてます。単品でもフルーツサラダとでも」
史緒里「余ったら食べちゃえばいいやと思った餃子は完売しました」
美月「バゲットくらい余るだろうと思ったら、最終食パン切れてバゲットでサンドイッチして使い切りました」
〇〇「蓮加ちゃんがどんどん売りさばいていった」
蓮加「ふっふっふ」

ドヤる蓮加ちゃん。

〇〇「では、僭越ながら開栓させて頂きます」

シャンパンを開けてグラスに注いでいく。

〇〇「行き渡りましたね。じゃあ飛鳥さん乾杯の音頭、お願いします」
飛鳥「え、私?」
〇〇「まぁ、オーナーが自然かと」
飛鳥「今日は梅でしょ」
美波「えっ!?私ですか!?」
祐希「よっ、キャプテン」
美月「頼んだ、キャプテン」
史緒里「キャプテンいじり懐かしい笑」
蓮加「確かに〜笑」
美波「あ〜はいはい」

美波さんは立ち上がると、グラスを軽く掲げる。

美波「え〜っと。今日は私企画の特別営業に協力ありがとうございます。見通しが甘くて大変な思いさせてしまいました。すいません。けど、みんなの協力でお客さんも喜んでくれました。ありがとう。本当にお疲れさまでした、乾杯!」
一同「乾杯〜」

各々談笑する中、飛鳥さんに質問する。

〇〇「美波さん、なんかのキャプテンなんですか?」
飛鳥「ん〜、役職弄りみたいなもんかなぁ。梅はまとめ役だったから」
〇〇「そうなんですね〜」

まとめ役の美波さんは確かにしっくり来る。

〇〇「それじゃ、ちょっとフルーツサラダ準備して来ます」

すっかり片付けてもらえているキッチン。諸々のことを考えて明日は臨時休業となっているが、これなら片付けの心配は不要そうだ。
冷蔵庫から半端に残ったメロンを取り出す。美波さんが試作に使った残り。後は少し残った生ハムも。

美波「〇〇〜、手伝うよ」

材料を取り出した所で美波さんがキッチンに。

〇〇「大丈夫ですよ、ゆっくりしててください」

一番動き回ってたという美波さん。企画から頑張ってもらったし、打ち上げ位はゆっくりしてて罰は当たらないだろう。

美波「まぁまぁ」

食器棚からお皿を取り出して、僕の横に並ぶ。ご本人がそういうなら、と僕はそれ以上何も言わずにまな板と包丁を準備する。

美波「今日はありがとね」
〇〇「どういたしまして、新鮮な感じでしたね」

僕がカットしたメロンを、美波さんがお皿に盛り付けていく。

美波「飛鳥さんがそろそろ梅主体の業態も考えてみなって、今回の企画を考えるきっかけをくれてね。」
〇〇「そうなんですね」
美波「元々料理するのも食べるのも好きでさ。飛鳥さんたちと働いてた所から卒業する時に結構悩んだんだ。デザイン以外にも、アパレルとか興味あることは色々あったし。飲食はその時にも考えてたんだけど…」

懐かしそうに微笑む美波さん。さくらさんもそうだったけど、当時を想って優しく笑えるのは素敵なことだな。そこで交わった縁とか、送りあった恩とか、そういったものが本当に価値あるものだったんだなって。

美波「先に卒業して、チャイティーヨを建てるのを決めてた飛鳥さんに声かけてもらったんだ。入れる時間だけでもうちで働いてみる?って。まぁ、〇〇と一緒だね笑」

僕もたまたまお店の前を通りがかって、飛鳥さんに出合って、なんやかんやと働かせてもらうに至った。一緒ってわけではないけど、飛鳥さんにはきっかけをもらったという意味では、同じなのかもしれない。

美波「夜営業にも慣れてきたし、お言葉に甘えて今回の企画を立てたんだけど、いやぁ…反省だなぁ」

確かに思わぬ客入りや、メニューの品切れ、オペレーションの甘さなど、探せば改善点はあると思うけど。

〇〇「皆喜んでたし、楽しんでたと思いますよ」
美波「…かなぁ?」
〇〇「ですよ」

僕達は顔を見合わせて笑う。

美波「不安もあったけど、挑戦してよかった。
久しぶりに皆と何かに挑むの、やっぱいいなって思えたし」
〇〇「挑戦…ですか」
美波「前は挑戦の日々だったからね。でも皆となら何とかなるってそう思えた。今回もそう。皆となら出来るって思ったから、ゲストお願いしたの」

美波さんはすごく真面目な人だ。背の高さとか、見た目の美しさとか、少し人を寄せ付けない雰囲気だけど、抜けたところもあって、話せばすぐその可愛らしさがわかる。
でも何かに果敢に挑むその姿勢は、

〇〇「美波さん、めっちゃかっこいいです」
美波「ホント?」
〇〇「はい。何かに挑む人ってやっぱかっこいいですね」

意を決する時なのかもしれない。
こんなかっこいい人達と一緒にいて、自分ひとり逃げ回ってるなんて。そんな情けないことはない。

〇〇「僕もそろそろ挑戦するべきなのかも」
美波「…もう結構前になるけど、飛鳥さんが行ったこと覚えてる?」
〇〇「?」
美波「現状を変えたいなら、私達は協力は惜しまない。それは今も変わんないからね」
〇〇「覚えてます…。ご迷惑、おかけしちゃうかもしれないんですけど」
美波「先輩に頼りなさい」
〇〇「ホントにカッコいいんだもんな〜」

ズルい。こんな美人にそんな事言われたらたまらないもんな。

〇〇「…頑張ります」
美波「頑張れ、応援してる。というか、大見得切っといて応援しかできないんだけど笑」
〇〇「いやいや、十分ですよ」
美波「…飛鳥さんとさくにも言ってあげて。2人は私よりずっと力になってくれるよ」
〇〇「…?」
美波「よし、完成!」

どういう意味だろうと問う前に、サラダが出来上がってしまう。

美波「ほら、行こう」

カーテンを開けながら、美波さんが笑う。

〇〇「…はい!」

まぁ、そのうち分かるか。

美波「はーい、ブッラータとフルーツのサラダね」

盛り上がるゲスト陣につい笑みを浮かべていると、飛鳥さんがスタスタとこちらに。

飛鳥「…今日はお疲れ。ありがとう」

そう言って、手に持ったロックグラスの一つを手渡してくる。
なんだろう。なんか泣いちゃいそう。
なんてことない言葉かもしれないけど。
別に労われるのが初めてってわけでもないけど。
この人から言ってもらえる言葉は、僕にとって特別来るものがあるなぁ。

〇〇「ありがとうございます」

普段はグラスが割れたり欠けたりするから絶対しないんだけど、この日ばかりは控えめにグラスを合わせた。

〇〇「お疲れさまでした」
飛鳥「お疲れ」

今夜のウィスキーが特別美味しかったのは、言うまでもないだろう。


乃木駅から徒歩6分ほど。
カウンター5席、2名がけテーブル席2つ、
4名がけテーブル席1つ。
毎週水曜定休日。
時々、夜も営業。
喫茶チャイティーヨ

本日はありがとうございました。
お帰りお気をつけて、おやすみなさい。


縁故と貴女と。    END…


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-ライナーノーツ
欲張って登場人物増やして、文量が増えるやつ。
昨今、夜喫茶が大流行していて、実際チャイティーヨあったら爆流行りしてるだろうな、なんて思ったのが今回の構成のきっかけ。
私自身がよく行く深夜喫茶もまぁ、混む混む。
けど好きなのでチャイティーヨを書く度に行きてぇなぁ〜と思う日々です。

飛鳥ちゃんは今もウィスキーはスコッチ派なのかな〜。飲んでる銘柄駕気になる。

次回もチャイティーヨかな?
よろしくお願いします。

次のお話

前のお話


シリーズ。


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