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喫茶チャイティーヨ 恩送りと貴女と

気がつくとじわりと汗の滲む、春と夏の合間。
梅雨間近に迫る今日この頃。お客さんが途切れたタイミングで、店前の掃き掃除を行う。
大学生になり、新生活が始まって直2ヶ月が経とうとしている。大人になった自覚なんてものはないが、制限は随分と減った。高校生活の果てに置いてったバンドや髪の毛、ピアスなどをが取っ払らわれて、僕は随分と身軽になったらしい。
暇さえあればチャイティーヨで働いている。毎週水曜日のお休みが逆に億劫になるくらいだ。

???「あっ、たぶんここ!!」
???「あんまりおっきい声出すと近所迷惑だから落ち着いて」

掃除道具を片付けていると、通りの方から声が聞こえてくる。

???「ほら!…あ」
〇〇「こんにちは」
???「こんにちは、2人です」

背の低い元気な女性と、背の高い落ち着いた女性の2人組。身長差が目に付くけど、可愛い人と美人な人って感じのコンビ。

〇〇「どうぞ」

もしかして…と思いながら、僕はにこやかに店のドアを開き、店の中へと招く。

〇〇「2名様です」
飛鳥「はーい。…お、久しぶりじゃん」
背の低い女性「お久しぶりです!」
背の高い女性「ご無沙汰してます」

やっぱり。
店に可愛い人や美人さんが突然来ると、大体飛鳥さんの知り合いの法則。何年も働いてりゃいい加減分かる。けど驚くことに見慣れない。美人は3日で飽きるとか言い出した奴は何もわかってないよ。

〇〇「よろしければカウンター席どうぞ」
背の低い女性「ありがとうございまーす!」 
背の高い女性「ちょっと!なんかすいません」
〇〇「いえいえ」

ちょうどノーゲストだし、積もる話もあるだろうとカウンター席をオススメすると、背の低い女性はほんとに楽しそうに席へ向かい、そんなお連れさんの元気さにちょっとヒヤヒヤしながら、背の高い女性が後に続く。

飛鳥「ずいぶん急じゃん」

いつもの椅子から立ち上がりながら、飛鳥さんが言う。

背の高い女性「たまたま近くに用があって」
背の低い女性「折角だからチャイティーヨ行ってみようってなったんです〜!」
飛鳥「へぇ〜」

お冷の準備をしながら様子を伺っていると、飛鳥さんはキッチンを覗き込む。

飛鳥「えんちゃん、お客さん」

飛鳥さんがわざわざこういう風に声をかけるときは、知り合い来てるよの合図。程なくキッチンの入口に掛けられたカーテンからさくらさんが顔を出す。すぐにカウンターの2人に気づくとパァッと明るい笑顔を浮かべた。

さくら「久しぶり〜!」
背の低い女性「さくちゃ〜ん!」
背の高い女性「元気してた?」 
さくら「元気だよ〜。るなと美緒ちゃんも元気してた?」
美緒「元気元気〜!」
瑠奈「こっちも変わらずって感じ」
さくら「そっか〜」

ニコニコのさくらさん。

〇〇「失礼します、お冷です。メニューもどうぞ」
美緒「ありがとうございま〜す」
瑠奈「すいません、騒がしくしちゃって」
〇〇「いえいえ、とんでもない。さくらさんもお二人も楽しそうで、見ててこっちも嬉しくなります」
さくら「笑」

素直にそう思う。
みんなが笑顔なら、僕も自然と笑顔でいられる。
ただ、美緒さんという方はすごいこっち見てる。
しかもあんまり好意的でない感じの視線で。

さくら「なににする〜?」
美緒「さくちゃんのカレーは絶対食べる!」
瑠奈「はいはい」

先程の視線は思い違いかなと感じさせるほど、今はニコニコの美緒さん。僕はいつもの定位置に戻った飛鳥さんの所へそっと移動する。

〇〇「さくらさんのお友達…なんですか?」

3人の様子を見守る飛鳥さんに聞いてみる。

飛鳥「まぁ、今はそんな感じ」
〇〇「今は?」 
飛鳥「…昔は同期。で、私の後輩」
〇〇「あぁ…」

出たよ。謎に美人が集まる会社。
元々飛鳥さんと、奈々未さんが同じところで働いてたって聞いて、そんな美人が2人も働いてるなんてどんな会社だよって思ったんだけど、さくらさんや美波さん、その後もやってくる元同僚達は軒並みビジュアルパワーが爆発していて、僕は深く考えるのをやめた。調べればどんな会社か出てきそうなもんだが、今の所そのつもりはない。なんかコソコソ嗅ぎ回るみたいでずるいと言うか、後ろめたい気持ちになりそうだから。

飛鳥「…なんのあぁ?」
〇〇「やっぱりなっていうか。納得だなぁって」
飛鳥「?」

首を傾げる飛鳥さん。

〇〇「類は友を呼ぶ…はちょっと違うか」
飛鳥「なんの話?」
〇〇「いえいえ、こちらの話です」
さくら「〇〇〜」
〇〇「はーい!」

さくらさんに呼ばれたので、スタスタとそちらへ。

さくら「紹介するね。矢久保美緒ちゃんと林瑠奈ちゃん」
〇〇「わざわざありがとうございます。△△〇〇です。さくらさんにはいつもお世話になってます」 
瑠奈「ちょくちょく話は聞いてます笑」
〇〇「あ、そうなんですか!それは光栄です」
美緒「…よろしくお願いします」

やはり矢久保さんはちょっと敵意を感じる。

さくら「カレー2つ、すぐ準備するね」
飛鳥「…〇〇、キッチン手伝い入って」
〇〇「はーい」

珍しい指示だけど、お二人と話したいことでもあるのかも。迷う理由もないので僕もさくらさんに続いてキッチンへ。
さくらさんは冷蔵庫から2人分のカレーを小鍋に移して火にかける。どこか嬉しそうで、ウキウキとしているように見えるのは、気の所為ではないだろう。

〇〇「さくらさん、愛されてますねー」
さくら「え?」

僕は矢久保さんの視線を思い出しながら、少し微笑ましく思いながら話す。

〇〇「矢久保さんがちょっと警戒した目で僕を見るので笑」
さくら「あ〜、ごめんね」
〇〇「いえいえ、全然」
さくら「ちょっとだけ、美緒ちゃん愛が重めで…」
〇〇「いいじゃないですか笑 それだけ想える人が居るとか、想ってくれる人が居るって」
さくら「…そうだねぇ」

小鍋のカレーをかき混ぜるさくらさん。
僕もカレー用のお皿を準備する。

さくら「…好きって言ってもらえるのは嬉しいけど、それを素直に受け取ることができない時ってあるよね」

突然。と言えば突然の言葉。
けど、僕はその言葉の意味がよく分かる。

〇〇「…そうですね」

自分のことなんて元々別に好きじゃなかった。
けど、父親との一件があって以来、僕は明確に僕が嫌いになった。そんな自分に向けてもらえる想いと願いとか、そういった物の多くは、今の僕には素直に飲み込みづらく、右から左に抜けていくような感じがしている。

さくら「昔ね、私も自分のことが嫌いだった。臆病で、泣き虫で、緊張ですぐ言葉に詰まっちゃうトコとか」
〇〇「……」

チャイティーヨでさくらさんと初めて会った時から、彼女は可愛くて、一生懸命で、優しくて、素敵な人だった。控えめな人だけど、そんな風に自分を卑下する必要はないと思う。

さくら「そんな自分を変えたくって、飛び込んだ場所で皆と出会って…。それでもやっぱり急には変われないもんだよね。しょっちゅうメソメソしてた」
〇〇「……」

そんな話を、さくらさんは優しく微笑みながら話す。それはこの話に優しい結末が待ってるからだと思う。

さくら「よく、自分を好きになるようにって言われたなぁ。自分の良いところを見つけて、磨いて、そうすれば自信もつくからって」
〇〇「…ずいぶん難しい話ですね」

それができりゃ苦労しない。

さくら「だよね。いいところなんて、探せば探すだけ嫌なとこばっかり目についちゃうよね」

自分で自分を納得させるために見つけたいいところなんて、こじつけというか、虚しさを感じる。

さくら「でもね、何度も何度も好きだって言ってもらえると、そのうち、そうなんだぁって納得出来たりするんだよ。誰かに受け入れられてるような、認められてるような気がして」

さくらさんはそうやってここまで来たんだろう。

さくらさん「今も自信なんてないけど、それでも頑張ろうって思えるのはみんなのおかげ。 一緒に居てくれた人達のおかげ。飛鳥さんもいつも寄り添ってくれて、その恩が返したくてチャイティーヨに来たんだ。でも飛鳥さんは恩返しもいいけど、恩送りをして欲しいって」
〇〇「恩送り、ですか」
さくら「うん。受けた恩をその人に返すんじゃなくて、誰かに返すんだって。そうやって色んな人に恩を送って、その人がまた色んな人に送って。そういう連鎖が繋がっていけばいいなって」

にっこりと、さくらさんが笑う。

さくら「チャイティーヨに来る人には笑顔で、幸せでいてほしい。〇〇はよく言うよね。それはたぶん〇〇がチャイティーヨに恩を返したいって思ってるからだよね」

さくらさんが言いたいことが、なんとなくわかる。

さくら「一緒なんだよ、私達も。誰かから受けた恩を、ここに来る人達に送りたい。それはもちろん〇〇も含めてね。…今は素直に受け取りづらいかもしれないけど、絶対いつか受け入れられる日が来るから、これからもずっと伝えていくね。皆〇〇のことが好きなんだって」
〇〇「…ありがとうございます」

どんなに言葉を尽くしても、たった一つの暗闇すら消し去る事は出来ないかもしれない。それでも言葉をかけることをやめない。そんな純粋な想いが何かを変えたりする。自分を卑下して落ち込んでいたさくらさんを変えたのは、きっとその時周りにいた人達のそういう想いだったんだろう。

さくら「1人じゃないよ」
〇〇「…はい」

それだけはわかる。
そのありがたさも、わかる。
だから、僕も送ろう。

〇〇「がんばります」 
さくら「…うん。がんばろうね」

こんなに素敵な笑顔を浮かべられるのは、一緒にいた人達のおかげ。それに感謝してる。

さくら「よし、ご飯よそってくれる?」
〇〇「はい!」


〜〜〜〜〜〜


さくら「カレーお待たせ〜」
美緒「やったー!」
瑠奈「ありがとう〜」

賑々しいやりとりを眺めながら、僕は定位置の飛鳥さんの元へ。

飛鳥「おつかれ」
〇〇「ありがとうございます」

ついニヤニヤとしながら送ってしまう視線に気づいたのか、怪訝な表情を浮かべる飛鳥さん。

飛鳥「…なに?」
〇〇「いやぁ…やっぱ飛鳥さんだなぁって」
飛鳥「意味がわからん」
〇〇「…本当に、いつも助けられてます。ありがとうございます」
飛鳥「…まぁ、感謝くらいは素直に受け取っとくか」

イヒヒ、と少し照れくさそうに笑う飛鳥さん。
今日はご機嫌だ。
それはきっと、さくらさんが凄く嬉しそうだからじゃないかな。大好きな人と働く、大好きなお店で、大好きなお友達と過ごす、自分が幸せだなって思える時間。そういう時間を、さくらさんが過ごせていることを、嬉しく思ってるんだ。
飛鳥さんは、お店を始めたのは道楽だって言う。
それも別にまったくの嘘ってわけじゃないと思うけど、僕はたぶん、こういう時間のためなんじゃないかなって思う。
恩送り。
きっと飛鳥さんも、奈々未さんや、さくらさん、美波さんと出会ったその場所で、沢山恩を受けたんだと思う。まだ会ったことのない皆さんにきっと沢山、恩を感じたんだと思う。そしてそれを誰かに送るために、お店を構えたんじゃないかなって。連綿と、恩を送る連鎖の場所として。
僕はそういう流れの中にたまたま行き着いて、そこから生まれた恩を、送ってもらえたんだろう。
だから、僕も送ろう。
情けない、貧弱へっぽこ人間だけども。 
がんばろう。

〜〜〜〜〜

さくら「すいません、退勤早めてもらって…」

矢久保さんと林さんは、このあと時間があるので乃木駅近辺を散策してから帰るそう。
それを聞いた飛鳥さんは、さくらさんに早上がりを提案した。夜はご実家のお手伝いがあるから、そう長い時間ではないけど、少しでも一緒の時間が取れれば…っていう気遣いだろう。

飛鳥「いいよ。忙しくなったら〇〇が走り回るから」
〇〇「お任せください!」

なんでもやったるぞ。な気分。

瑠奈「ほら」
美緒「う…」

林さんにせっつかれるように、矢久保さんがおずおずと切り出す。

美緒「…睨んじゃってごめんなさい」
〇〇「…いえいえ、さくらさんのこと大好きなんですね」
美緒「そうなの!大好きなの!」

屈託なく断言する矢久保さん。
やっぱり基本的にいい人なんだなってわかる。

美緒「もう可愛くって可愛くって!」
さくら「美緒ちゃん、ちょっと恥ずかしいよ…」
瑠奈「趣旨変わってるから…」
〇〇「ありがとうございます。今日一日さくらさんが嬉しそうで、僕も嬉しかったです。今のさくらさんがあるのも、おふたりのおかげが大きいんだろうなって」
さくら「ね、いい子でしょ?」
美緒「さくちゃん〜…」
瑠奈「いい加減同担拒否卒業したら?」
美緒「別に同担拒否じゃな〜い!私が一番さくちゃんのこと好きだよー!って言うのと、さくちゃんも私のこと好きだよねー!ってだけなの!」
飛鳥さん「いつまでやってんの? 時間なくなるよ」
〇〇「笑」

楽しい職場だったんだろうなって、そういう空気感が伝わる。

さくら「じゃあお疲れさまです。行ってきます」
飛鳥さん「ん。いってらっしゃい」
〇〇「はい。いってらっしゃい」

小さく手を振って歩き出すさくらさん達。
その背を見送って、ふと僕と飛鳥さんは顔を見合わせる。

飛鳥さん「楽しそうじゃん」
〇〇「飛鳥さんも」

どちらからともなく、僕達は笑った。
ご機嫌なのはお互い様のよう。

飛鳥さん「梅が来るまでキリキリ働いてよ」
〇〇「望むところです」

お店のドアを開いて飛鳥さんを先に店内に。
自分も店内に入ろうとした所で声をかけられる。

???「すいません、2名なんですけど…」
〇〇「こんにちは、2名さまですね。テーブル席どうぞ」

そのまま扉を開いて中へ案内する。

〇〇「2名様でーす」
飛鳥「はーい」

さぁ、いいとこ見せるためにも頑張るぞ。



乃木駅から徒歩6分ほど。
カウンター5席、2名がけテーブル席2つ、
4名がけテーブル席1つ。
毎週水曜定休日。

喫茶チャイティーヨ

またのお越しをお待ちしております。
お気をつけて、いってらっしゃい。




恩送りと貴女と。   END…


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ライナーノーツ

チャイティーヨも5作目。
さくちゃん回やるならこの2人かなぁと思いつつ。

アイドルの変化とか成長とかのドラマが大好きなので、そういう意味でさくちゃんはすごいドラマを持ってる子だなぁって思います。
すぐ泣いちゃう子だったさくちゃんが成長して、飛鳥ちゃんに寄り添ってもらって、和ちゃんに尊敬されて、五百城ちゃんに寄り添うまでになって。
とかそういう流れとか聞いてると、恩送りだなぁってジーンと来るもんがあります。

次回は夜喫茶チャイティーヨが書きたい気分。
そんな感じです。よろしくお願いします。

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