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行き過ぎた効率意識は健全なヘルプを阻害する【#113】

相手の時間を無駄に奪ってくる人って嫌ですよね。目的意識もなくダラダラ雑談だけしている人。ゴールの設定がないのに打ち合わせを設ける人。

私もそう言うのに巻き込まれたくない意識が強く、また残業は効率が落ちるので、いかに時間効率を意識して1日を組み立てるかと言う事をかなり大事にしてきました。

ところがどうもその意識が行き過ぎていたみたいで「時間は貴重だからゴールと論点を明確にしないと誰かに相談したらいけない」という刷り込みが自然にされていたみたいです。

その結果何が起こっていたかというと、ベクトルが自分に向いてたんですね。自分がどう思われるか、どうみられるかという事に敏感になっていたんです。時間を大事にしてる自分を伝えることに意識が向いていた。

本当は仕事の成果に向き合わなきゃいけなくて、そのために相談したりヘルプを求めたり専門家や有識者や分かってそうな人を健全に頼って、助けをもらいながら結果を出すと言う外(アウトプット)の方向にベクトルが向くべきなのに。

これ何がきっかけで気がついたかというと、本を読んでいて気がつきました(この本のまとめは今週書く予定です)。

ということで、あえて今日1日は時間を全く意識しないで過ごしてみました。もともと時間に対して敏感だから、鈍感を意識して過ごしてても全然普通なんですよね。

その結果、仕事がめちゃくちゃ捗りました。特に今抱えているプロジェクトベースの仕事の話が進むのが早いこと早いこと。そして、何よりめちゃくちゃ気分が晴れてるんですね。これは、成果だけ意識してより良いものを作ろうと思って仕事していたので、自分がどうみられるかとか忘れちゃってたんですね。

あまりに効率意識が行き過ぎると、器用貧乏というか、逆に健全に人を頼ることを阻害してしまうということに気がつきました。

自分の性格だと、少しあえて鈍感に過ごす意識を持つことが、健全な成果主義につながるという気づきと共に、なんとも晴れやかな気分で終えることができた1日になりました。

うまくいかない時はあえて逆に振ってみる。効率ばかり求めて働かずにあえて長時間労働してみるとか。時々逆に貼ってみると違う景色が見えることもあるかもしれません。

それでは!

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