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35歳のNZ留学[4車線を歩いて渡る]

NZに来て初めての驚きは日本車が多いということ。空港からステイ先まで揺られる送迎車の窓からは、ホンダ、トヨタ、ニッサンと日本車ばかり走っているのが見える。その時ドライバーと交わした会話もちょうどそんな内容だったように思う。右ハンドルなので道路も日本と同じく車は左走行である。高速道路を走っている間中、殆ど日本と変わらないような景色を車窓から眺めていた。送迎車は高速道路を降りるとオークランドの街なかへ入っていく(当時はそこが街なかなのか、それすらもわからなかったが)。街なかとはいえ道路は4車線かそれ以上のところだってある。引き続き窓の外を眺めているとたった今車の脇を人が歩いていたような…?振り返るとやはり道路の真ん中を人が歩いている。車がビュンビュン走っているこの道路の真ん中を人が?!そんなことある?!交通量が多いし車幅もギリギリなこの道路で?!
その人は車とスレスレの距離であるにも関わらず焦る様子も悪びれる様子もなく歩きながら中央分離帯までたどり着いた。
行く末が気になるところではあるがこちらの送迎車も結構なスピードで走っていて、結局その人が渡りきったかどうかを見届けることはできなかった。

4車線道路をあんな風に渡る人がいるとは。
日本ではありない。

ところが留学生活も3ヶ月以上が経つとそれももはや驚きではなくなった。
人が4車線道路を渡る姿があまりにも当たり前の光景になってしまった。渡る人々は皆急ぐ様子もなくスイスイと渡っていく。
中には渡っている途中で車が来ると縦方向に進む強者までいる。それはつまり道路をクロスしないで、一旦中央に引いてある白線に沿って歩くようなこと。
それは命懸けの行動に見えた。
だがいつしか自分も4車線を渡るようになった。ただし、歩いて渡るのではない。走って渡るのだ。
初めて渡った時のことを覚えている。
そこは傾斜の急な坂の途中。横断歩道は坂の下にあり私の行きたいところは道路を挟んだ向こう側にある。坂を下り横断歩道を渡るルートで行くとまたこの急な坂を登らねばならない。…

えいっ!渡ってしまえ!

中央分離帯まで全力で走り抜け、車が途切れるのを見計らってもう半分をまた全力疾走。
結局4車線を命がけで渡り切った。
一体どうなってんだ?!ひょうひょうと歩いて渡る人の気が知れない。
心臓はドキドキと鳴って、やってられるか!と心の中で叫ぶのに私は何度もそうやって道路を渡った。
それでも”歩いて渡る”なんてことは私には一生できないだろう。

人間とは不思議なものである。
留学初日に4車線道路を渡る人を見て驚き、翌日には信号のない横断歩道を渡る途中で車に轢かれそうになって恐ろしい思いをした人が、走りながらでも4車線の道路を渡るようになるのだ。

これと対象の出来事がある。
信号待ちをしていて車が来ない時、多くの人は信号が変わるのを待たずに渡って行く。立って待つのは多くが日本人のようである。私も4車線の道路を渡るくせに信号無視はしない。ハビエラと登校していると、「YUKI!COME!」と呼ばれ道路を渡ることがよくある(車が来なくても止まっているので)。
赤は止まれ、そう無意識に意識しているのだ。車の気配がなくても何の違和感もなくそこに留まっている。体に染みついた日本人の気質だなぁと思う。
みんながルールを守る日本ってすごいと思う一方で、無意識下で”そうしている”というようなことが多いとも思う。(※決して信号無視を良しとすることではない。)
自分として考えて行動する意識を使っていない気がして、自分の頭なのか心なのかわからないけれど、内側がちょっとざわざわした。

もはや向こう岸とでも呼ぼうか
こんな道路でも渡っちゃう人がいるなんて驚くでしょう?
これくらいですと歩いて渡っても安全です。
私がステイしていたTeAtatuという町では、信号のない横断歩道がたくさんありましたが、車はみんな早めに止まってくれます。そして、渡る人を微笑んで見ていたりどうぞ行ってと合図したり、親指を立ててグッドのサインをくれたりして、会話のないのにコミュニケーションしていることが嬉しく感じました。


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