火星最初の男

 荒涼とした赤い荒野を、船外活動用スーツを装備した男が歩行していた。相棒のドローンはスマイリーフェイスがペイントされ、そのあとにつづいている。かつて川が流れていたような痕跡のさきに、居住施設があった。
 ふと、閉鎖居住施設での訓練の日々を思い出す。
 装備の故障や通信の遅れ、限られた資源といった火星で起こりうるストレスを実際に経験した。
 作物を育て、運動をし、船外活動をシュミレーションした。私以外に構造エンジニア、救急医、微生物学者が参加していた。自家栽培システムでつくった野菜で、カレーをふるまった。あれは、良い思い出だった。
 幾度となく行われた実験によって、優秀な人材が選抜され、私をふくめた第一陣が火星にやってきた。一年前のことだった。
 そして、誰もいなくなった。
 残った人間は私だけ。彼らは今、遺体用ポッドに保存され居住施設の地下に安置されている。地球と月面基地との通信も、同じ時期に停止した。
「なかなか素晴らしい出来だ」
 男は居住施設のよこ、白い外壁の体育館のような製錬所を見やる。
 満足そうな表情を浮かべて、デバイスをひらけた平地にかざすと、ロボット工場や、部品工場など、ありとあらゆる立体画像が投影される。
「この惑星はきっと、健全に発展する。争いもなく、万事協調のとれた整然としたコミュニティが、全土に広がっていくだろうな」
 男はデバイスをバックパックにもどし、居住施設に戻った。ドローンは充電ポートで昼寝をさせ、自室に戻った。
『検査を実行します』
 冷淡かつ、清廉な声色のマシーンが、端子を、男の首すじに接続する。
『燃料をチャージする必要があります、ご主人さま』
 

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