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「みぃ物語」#05(プロローグ #05終)

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 そこには、一人の男の人が立っていた。その人がお父さんに、

「達ちゃん、久しぶり。芳江ちゃんの結婚式の時に会って以来かな。」

 と話しかけてきた。お父さんは、

「そうか、あれからもう二年近くになるかな。今回は無理なお願いをしてごめんな。」

 と、その男の人と親しそうに話している。芳江さんって誰?聞いたことがないわ。そんなこと気にするなんて、私にも少し余裕が出てきたのかしら。な-んて思っていたら、お母さんも、

「無理を言ってすみません、よろしくお願いします。」

 と、その男の人に頭を下げた。その男の人は手を大げさに横に振りながら、

「いえいえ、構いませんよ。きっとそのうち、良い飼い主さんが見つかりますよ。」

 と言って、微笑んでいた。
 えっ、どういう事?飼い主さんが見つかるって?
 私はさっきの余裕から一転して、心臓がドキドキしてきた。

「急に海外赴任が決まって、引き取ってもらえる人を探す暇がなくて。本当に無理を言ってすみません。」

 お母さんは、また男の人に頭を下げていた。
 私は、何が何だか分からなくなって、またじんわり手に汗をかいてきた。

「それでは、お預かりしますね。」

 私たちは待合室の椅子の上にケージごと置かれた。

 椅子の上から、お母さんたちを少し遠くから見ることができるようになった。お母さんたちはまだ立ち話をしている。その男の人は、白衣を着ていた。やっぱり獣医さんなんだわ。 

 待合室には他の人は誰もいなかった。 奥の方の部屋では、人があわただしく動いている気配がする。

 そういえば、私も避妊手術の時は動物病院の奥に連れて行かれて、しばらく小さなステンレスでできた部屋に入れられたんだったわ・・・。
 あの時の記憶が蘇ってきた。

 そんな時、電話の呼び出し音がいろんな部屋から一斉に聞こえてきた。ちょっとドキッとしちゃった。奥の部屋で女の人が電話に出たみたい。鳴っていた電話の音が一斉に消えた。何か話しているようだった。
 まもなくして、こちらへ走って来る足音が聞こえた。奥のドアが開いてピンクの白衣を着た女の人が出てきた。

「院長先生、鈴木ジローちゃんの飼い主さんからお電話です。」

 と、その男の人に伝えた。この男の人は、院長先生だったんだ。するとその男の人は、

「はいはい、今出まーす。」

 と、その女の人に伝えた。女の人はお母さんたちに気づき、ペコリと頭を下げて奥へ戻っていった。

「では、このままお預かりしますね。」

 その男の人はお母さんにそう言うと、急いでカウンターみたいな所に置いてある電話へ歩いて行った。

「よろしく願いします」

 お母さんが院長先生の後ろ姿へ頭を下げた。そして、私とケンタを交互にのぞき込んで、

「ごめんね。」

 と、悲しそうな顔をして目を伏せた。そして、カウンターみたいな所(受付っていうんだって)で、電話で話しをしている院長先生にお辞儀をして待合室から出て行った。
 院長先生は電話をしながら手を振って見送っていた。

 後で聞いたんだけど、海外赴任していた会社の人が病気になり、急に日本へ帰らないといけなくなったらしいの。そして、同じ所に海外赴任経験があるお父さんが、急にその人の代わりに行かないといけなくなったんだって。日本国内だったらまだしも、海外だったら仕方ないわよね。

 私たちはこれからどうなるのだろう、とその時はすごく不安で寂しかったけど、それからの生活は寂しいっていうより、あまりにも環境が変わって慣れるのに大変だった。

 でも、後から思うと、私もケンタもとても面白い経験ができた数少ない猫だと思うわ。


プロローグ おわり

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