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C嘆譚|掌編小説

140字からはじめて―

セーフ。
勢いそのままに自分のテリトリーに滑り込む。床に並べていた作りかけの作品を蹴散らすのも構わず止まるところまでスピードに任せる。ドテッと身体がひっくり返ったところでやっと停止したあたしはチラリと後ろを振り返る。細く光が差し込んでいるだけで奴らの気配はしない。

あたしは速くなった呼吸を宥めながら、素早く身体を起こすと、テーブルの上に今日の収穫物を広げた。どれも良い感じだ。一つ一つじっくり眺めていると命からがら逃げてきたことが可笑しく思えてくる。命を懸ける興奮と同時に少しは緊張もしていたのだと、強張った関節を伸ばしながら感じた。

今日もあたしの勝ち。

あははと笑うと狭い空間に響くのは私一人分の声。一緒にいた他の仲間はとうの昔にやられてしまったから。しぶとく汚く、生き残っているのはあたしだけってわけ。でも、それが酷く寂しかったのも最初の頃だけだ。あたしは自分の薄暗い生活が好きだし、それに誇りを持っている。


C族。こんなに美しくしなやかなボディーを持ちながら、世界の隙間を細々と生きる民。あたしたちは奴らに追われながら、戦々恐々としながら過ごしている。

奴らはあたしたちを心底嫌っている。汚いって言うし、あたしたちを駆逐しようと躍起になっている。それ自体、ますます我らC族の繁栄を手伝っているとも知らないで。

人間の世界では、人口爆発なんて言葉があるらしい。人口の増えすぎで、水や食料、住む場所がなくなっていき、自ら滅びるんだとか。愚かだ。

奴らはあたしたちC族のこと、「やってもやっても湧いてくる」なんて言うけれど、一つ教えてあげよう。あんたたちがあたしたちを全滅させようなんて思うからあたしたちはますます栄えるのだ。ご親切なことに、爆発して自滅しないように、ほどよく間引いてくれているのは奴らだ。

鼻を鳴らすとあたしの足の裏を振動が伝わった。同時にテリトリーの壁がきしむ。奴らにはもっと静かに生活してもらいたいものだ。図体も声も大きいからたまったもんじゃない。


夜。あたしは嫌な気配で目を覚ました。ハッとして出入り口の方を見ると、見慣れないものが置いてある。あたしは思わず顔をしかめた。トラップだ。

あたしは近くに寄ってそれを確認した。小賢しい奴らめ。こんなものであたしを捕まえようなんて、舐められたものだ。

再び寝床に戻ったあたしは夢を見た。誰にも襲われない場所で、大好きな仲間たちと食卓を囲う夢。明かりの下を歩いても、奴らに追い回されることはなく。それどころか、奴らはあたしたちのために食べ物を分けてくれたりする。

悪い夢だ。そんなの幻想だ。

あたしにも希望に満ちあふれた子ども時代があった。どうしてあたしたちは嫌われているのだろうと、答えの出ない問いに思い悩んだこともあった。でも少しずつ悟ってゆくのだ。これがあたしの人生だと。

この家で生き残りがあたしだけになっても、
あたしだけは絶対に死んでたまるかって。
今のあたしなら最高の笑顔でそう誓える。

新しい朝を迎えたあたしはより一層気を引き締めた。

そして今日もまた、狩りに出掛けていく。


暗がりの世界から一歩飛び出すと、そこはバトルフィールドだ。

奴らはドタドタとデカい足を踏みならし、あたしめがけて液体をぶっかけてくる。それでキンキン声で大騒ぎする。

あたしは最高にイケてるこのボディーを華麗にひるがえし、奴らの攻撃をかわして、奴らの領域を縦横無尽に駆け回る。最高に楽しい!

人間よ、キモいだの汚いだの好きに呼ぶが良い!
あたしは、かのCockroach一族の娘であるぞ!


我が家は今、未曾有の危機に晒されている。夫は白目を向いて棒立ちし、娘は赤子の如く泣き叫んでいる。息子は2階へ逃亡し、ペットの犬は野生に戻って吠えまくる。我が家は、混沌と化したのだ……いや、だからこそ妻であり母である私がしっかりしなければ。
覚悟を決めた私は、銃の如く殺虫剤を構えた。
伊浪冬馬『COCKROACH』


火樹銀花(Twitter)にて定期更新中、メンバーから送られる140字小説を10倍にして返すプロジェクト。今回の作品は、伊浪冬馬(Twitter)より『COCKROACH』。前回作『天使の君へ 愛の翼に』はこちら

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