もう一人

「もうどうすればいいのか分からないわ。あの子が部屋から出てこなくなって今日で一年よ。どうしてこんなことに・・・。」
「あぁ。あんなに素直でとても良く出来た子だったのに・・・。」
妻はぽろぽろと涙を流している。
一人息子のユウトは13歳になる。1年前からずっと部屋に引き篭もっていて親が家にいる間は顔さえ見せない。
『ピンポーン』
「誰かしら・・・こんな時間に・・・。」
妻と時計を見る。もう深夜1時だ。
「俺が出るよ。」
念の為、左手にゴルフクラブを握った。
玄関ドアに向かい、チェーンをかけたまま扉を開ける。
そこから少し見えた人影にドキリとした。
「え・・・!ユウト?」
その声を聞いて後ろに居た妻が覗き込む。
「ユウト!?」
チェーンを開けて扉を開き、彼をよく見る。
「ユウト・・・?」
疑問形になったのは印象が少し違うからだ。
一枚布を巻き付けただけのような粗末な服を着ていた。
彼が意を決したように口を開いた。
「はじめまして。お父さん、お母さん。僕はユウトであり、ユウトではないんです。」
「どういうことだ?」
「とりあえず中に入って。とても寒そうだわ。」
リビングのテーブルに3人で座る。
「突然こんな時間に押しかけてしまいすみません。僕のことですが、まず・・・ユウトを妊娠する時、体外受精で出来た受精卵を2つに分けて一つを研究用として施設に提供したのを覚えていらっしゃいますか?」
「え!?まさかその時の?」
「はい。僕はユウトと同じ遺伝子を持つ、いわば一卵性の双子です。私の研究目的は生育環境による知能、想像力の変化です。しかし1年前から私への学習が行われなくなり変だと思っていたところに、施設移動の命令が出されました。もう血の繋がった両親に会えないかと思うと居ても立ってもいられず、こうして押しかけてしまいました。無事に両親に会えて良かった。」
彼はそう言うと椅子から立ち上がった。
「これ以上、迷惑はかけられません。もう帰ります。」
私は妻と顔を見合わせた。
妻はうなずいた。
「君、ちょっと待ちなさい。夜も遅い。今日はこのまま泊まっていったらどうだね?」
「えぇ。そうしなさい。あなたも私たちの子どもだもの。一晩でも一緒に居させて。」
「・・・分かりました。お世話になります。」

翌朝。
「おはようございます。」
「おはよう。よく眠れたかしら?朝ごはん用意したから食べない?」
「ありがとうございます。いただきます。」
こうしていると本当に家族3人が食卓を囲む幸せな光景だ。
「そういえば君の名前はなんというのだい?」
「名前はありません。施設では13番と呼ばれていました。」
「・・・そうなのか。もう施設に戻るのかい?」
「えぇ。他に行き場もありませんし・・・。私が戻らなければ施設の者が探しにくるでしょう。」
「なぁ。迎えが来るまででいい。ユウトとして学校に行ってみないかい?」
「え?いいのですか?」
「えぇ。ユウトは部屋に引き篭もっていて学校に行ってないの。私たちにユウトの学生服姿や学校に通う姿を見せてくれないかしら。お願いよ。」
「・・・分かりました。」
「まぁ!とっても似合うわ。」
妻は涙を流して喜んでいる。

それから3日が経った。
彼は私たちにとって、もうユウトそのものだ。
学校に通い、帰ってきてからは楽しく食卓を囲みその日にあった出来事を楽しげに話してくれる。ずっとこんな日々が続けばいいのに・・・。
『ピンポーン』
彼がびくっと震えた。
「君は隠れていなさい。」
私は彼にそう告げた。
そして意を決して玄関ドアを開けた。
「突然すみません。私たちはこういう施設の者です。私どもの関係者が数日前にこちらを訪ねてきたかと思います。その者の見た目はこちらのご子息とそっくりです。ご存知ですか?」
「いや・・・知らない。」
「隠し立てすると大変なことになりますよ。彼がこちらを訪ねて、事情を説明しただろうことはこちらも把握しておりますので。」
私は息を吐いた。そして・・・
「はい。確かに彼はこちらに来ました。そして事情も聞きました。知らなかったとはいえ、あの子も私たちの子です。彼は今後どうなるのでしょう?」
「13番は戸籍のない子です。そして当初のご説明通り、あなた方の不妊治療代を負担する代わりにあの受精卵の所有権が我々にあるのは契約の通りです。そして13番の研究は終わりました。今後は病気や怪我で困っている方に彼の身体が役に立つことでしょう。」
「・・・そんな・・・。」
「13番の引き渡しをお願いします。断られる場合、強制的に連行させていただきます。」
「・・・分かりました。彼はあの夜から息子の部屋に立て籠もっています。」
「了解しました。」
男たちがユウトを部屋から連れ出す。ユウトの叫び声が聞こえる。
「俺は本物のユウトだ!偽物は別にいる!!」
しかし、男たちは容赦なくユウトを連れて行く。

僕は物陰からその様子を眺めていた。
ふと施設で一番世話になった男と目があった。
彼はにやりと笑いうなずき、そのまま暴れるユウトと連れて立ち去った。

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