完璧なあなた

「とても素敵なお家ー!すごいわ。こんなところに住んでいいの?」
「もちろんだよ。」
彼が優しく微笑む。
1回り以上、年の離れた彼と今日から同棲を始める。
場所は彼の所有する高層マンション最上階1フロアだ。
窓からは都会の街並みを見下ろせる。
彼と出会ったのは、私が働いているデパートだ。
私は入ったばかりの新人で、先輩に教わりながらギフトコーナーを担当していた。そこにお客さんとしてやってきたのが彼だった。
とても上品で紳士的な彼に一瞬で目を奪われた。
「とてもお世話になっている取引先へのギフトを探しているのだが、何か良いものは無いだろうか?」
彼は私のたどたどしい接客にも微笑み優しく対応してくれた。
その数日後、仕事終わりに先輩に誘われておしゃれなバーでお酒を楽しんでいたときだった。
「あれ?君はデパートの?」
ふいに声をかけられ、振り向くとそこに彼が立っていた。
「あ、急にごめんね。覚えているかな?数日前にギフトを選んでもらった客なんだが・・・。」
彼の困ったような表情に可愛さを覚えドキッとした。
「えぇ、もちろん覚えています。」
「ありがとう。君が選んでくれたもの、お客さんにとても喜んでもらえたよ。お礼にここは私に奢らせてもらえないだろうか?」
「え!?」
私は驚いて隣の先輩を見る。先輩はニヤニヤ笑いながら肘で私を小突き頷いた。
「あ・・・あの・・・ありがとうございます。ご厚意に甘えさせてもらいます。」
「どういたしまして。隣座ってもいいかい?」
そうして楽しくお酒を飲み交わし、とても気さくで物知りな彼の大人の魅力にどんどん惹かれていった。
数回そうしてお酒を共にするようになり、彼から「年甲斐もなく恥ずかしいんだが、君が好きになった。私と付き合ってくれないか?」と照れながら言われた時には本当に驚きすぐに頷いた。

最初は住む世界が違うと感じた彼だが、何も知らない私のことを馬鹿にせず常に優しく教えてくれた。私は彼にふさわしくありたいと多くのことを学んだ。そうして彼と結婚も視野に入れて一緒に住むことになった。
彼と相談して1年ほど同棲をしてその後に籍を入れ、子どもが出来るまでは私も働き続けることに決まった。
彼はとても忙しい人だったが、私のためにたくさん時間を作ってくれた。
私の手料理を食べ、一緒の部屋で過ごし、休日には一緒に出かけホテルのレストランで食事を楽しむ。本当に夢のような日々が過ぎていった。

同棲から半年ほど過ぎた頃、ときどき私の持ち物が無くなっていることに気付いた。最初はアクセサリーだった。高価では無いが彼と出会った頃に良くつけていたピアスだ。
それとなく彼に尋ねてみたが、
「いや、知らないなぁ。どこかに落ちていないか気にして見ておくよ。あ、そうだ。これでアクセサリーを買うといいよ。」とお金をくれた。
「え?こんなに受け取れないよ。」と言うと
「結婚したらパートナーとして色々とパーティーに出席することもあるからね。それにふさわしいものを買っておいで。」と微笑まれた。
それ以後もワンピースが一着無くなっていたり、メイク道具が減っていたり少しずつ違和感を感じることは合ったが自分の気のせい、記憶違いだとやり過ごした。それで特に困ることも無かったから。

同棲から1年が経とうかという頃。
彼の私への関心が薄くなっている気がしていた。相変わらず優しく紳士的だ。しかし、家にいる時間のほとんどを自分の書斎で過ごすようになり、仕事の付き合いを理由に外で食べてくることが増え、私の手料理を食べることもほとんど無くなった。彼とゆっくり話することは出来なくなっていた。
そして私自身、価値観の違う彼との結婚に不安を感じるようになってきていた。
同棲を始めたときから彼は自分の書斎には絶対に入らないことを私に約束させていた。
プライベートな場所だから家族でも入れたくないのだと頑なだった。
彼からの唯一のお願いだったから私は彼の書斎には近づかなかった。

私は一度彼から離れてみることに決めた。
このまま結婚すれば後悔するかもしれないと思った。
忙しい彼と話す時間は取れず、置き手紙をすることにした。
彼は今日も遅くなるだろう。私は荷物をまとめて・・・ふと気になっていた彼の書斎を見てみたくなった。もう来れないかもしれないから・・・そっと覗くだけ。
そう思い、ゆっくり扉を開けた。
中はとても乱雑に物が置かれていて、普段の彼の丁寧さ、几帳面さからはかけ離れていた。私はふふっと笑みをこぼした。
こういうところを知られたくなかったのだろうか。いつも完璧な彼の意外な一面を知った気がして嬉しくなった。
扉を閉めようとして、ふと奥のクローゼットに目が止まった。少し開いているそこから私が無くしたはずのワンピースと同じ柄の布がのぞいていた。
私はそうっと部屋の中に足を踏み入れた。
床の物を踏まないように細心の注意を払いクローゼットの前へ来た。
そしてクローゼットの扉をゆっくり引き
「ひえっ・・・」
私の喉からかすかな悲鳴が上がった。
人が立っているのかと思った。
気を取り直しもう一度見る。そこには人形があった。とても精巧な作りの。
そして顔は・・・私そっくりだ。姿形全て私なのだ。
そしてこの家で無くしたと思ったものを身に着けていた。私はひどく混乱した。そしてクローゼットの奥には自分と同じ年代の知らない女性の人形が数体並んでいる。
「なにこれ・・・。」
私は呟いた。
「とても素敵だろう?」
後ろから声が聞こえた。彼が部屋の扉近くに立っていた。いつの間に帰っていたのだろう。
「ねぇ、これなに?」
絞り出した私の声は震えていた。
「完璧だろう?まるで出会った頃の君そのものだよ。人は老いていくもの。
この一年で君もずいぶん変わったよ。私はね、愛した人たちの最高の瞬間を永遠に愛したいんだ。」

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