かんおけ

私はずっとごくごく平凡な人生を送っている。
子どもの頃からどこか冷めた子どもで、子どもらしいヤンチャやイタズラをして親を困らせることも無かった。
素直に親の言うことを聞く良い子だった。
学校に入っても私は問題を起こすこともなく、勉強も運動もとにかく平均的なおとなしく目立たない子だったから先生の印象にもあまり残らない子だっただろう。
そのまま高校、大学へと進んだ。
友人と呼べる人は特に居なかった。
常に上辺だけの会話しかせず、深く踏み込まれることも踏み込むこともしない人間関係で、趣味も何かに強く興味を持つこともない面白みのない人間だから、人はすぐに離れていった。
就職は無事にすぐに決まった。大手企業だ。
社会人になっても人付き合いは苦手で当たり障りない会話しかしない。
酒も飲めず、飲み会は本当に苦痛だった。いつからか誘われなくなりホッとしたものだ。
仕事は真面目だがコミュニケーション能力が低い。
それが私への評価だった。同期が出世していく中に取り残されていたが気にはならなかった。
しかし、40歳を超えた頃、係長への昇進が決まった。
そして部下として新人が付いた。
新人は私と違いよく喋る元気な子だ。
「係長って休日は何やってるんですかー?俺はもっぱらゲームなんですよ。今話題になってるゲームって知ってます。ニュースにもなってたんですけど、全身、機械の中に入ってゲームやるんですよ。あれ欲しいんですけどねー。値段高くて全然手が出ないんです。」
「へー。そんなものがあるのか。」
「あ、興味持ちました?こんなのですよー。」
彼はタブレットでそのゲーム画面を私に見せた。
私はなぜかその画像に強く惹かれた。
家に帰り、すぐにそのゲームを注文した。
1週間ほどでそれは届いた。
人が入れるカプセル型のゲーム筐体。早速入ってみる。
すると目の前に美しい自然の光景が広がっていた。そのファンタジー世界に私は生まれて初めてワクワクした。
最新のその機械はゲーム内で風が吹けばカプセル内にも風を吹かせ、香りがあればそれも再現した。とにかくゲームの中に入り込んでキャラクターになりきれた。私はすぐにそのゲームの虜になった。
休日にはひたすらその世界に入り込んでいた。
そんな生活を3ヶ月ほど続けたある日、私は会社を辞めた。
幸い、今まで生きることに最低限のお金しか使ってこなかったので貯金はあった。それに両親も数年前に相次いで病気で亡くし家族は居ない。私を引き止める者は無かった。
それから私は引きこもり、ひたすらそのゲームをやり込んだ。
私はゲーム内でも基本的に一人を好んだ。
というのも最初のうちはチームを組んだこともあった。チームでないとクリアできないダンジョンがあったからだ。
私はそのチーム内でもあまり話す方では無かったのだが、なぜかチーム内の一人の女性に好かれた。そして付きまとわれるようになって困っていたら、その女性と付き合ってる男性に絡まれ、危うくアカウント停止になりかけた。そんな事がありゲーム内でも出来るだけ人と関わるのを辞めた。

そんな日々が3年過ぎた頃、運営会社からサービス終了のお知らせが届いた。半年後にこのゲームは終わるそうだ。
そういえば、最近はゲーム内でプレーヤーの姿を見かけることが減っていた。次々と新たなフィールドやクエストが追加されていたから分散したせいかと思っていたが利用者が減ってしまっていたようだ。
さらに数ヶ月前に同じようなカプセル型筐体のゲームがもっと安価に発売され、そちらに客と取られた形になったようだ。
サービス終了の発表以降、さらに人は減った。
新しいシナリオ、システムの追加も無くなり着実に終わりへと向かっていた。私はそれでもここに残っていた。
サービス終了の日。私はゲームからログアウトせずにいた。警告は出ていた。しかし私は無視した。強制的にログアウトになるなら仕方ない。しかし終わりを見届けたかった。
しばらくはいつもと同じ光景だった。ただ他のプレーヤーの居ない世界。
しかし数時間後、異変が起きた。
画面のノイズが走り、カプセルの右側からは冷風、左側からは温風が流れた。
いよいよこのままでは危険と感じ、ログアウトを選ぼうとした。
しかし既にその画面は無く、ゲームから出られなくなっていた。
なんとかカプセルから出ようともがく。どこかに強制解錠のボタンやレバーがないか手探りで探すものの分からない。
・・・私はもうここから出られないのだろう。
私には心配して探しに来てくれる人もいない。このまま亡くなってしまうだろう。
・・・このカプセルは私の棺桶だな。ふっ、それもいいかもしれない。
外に出ても何もしたいこともない。私はこのゲームと一緒に人生を終えることにしよう。

私はゲーム内のキャラクターを動かした。
ぎこちない動きだがまだ動ける。このまま終わるなら一番好きな場所で終わりを見届けたかった。
きれいな街を一望できる小高い丘の上。爽やかな風を感じる。私はそこでじっとその時を待つことにした。
面白くない私の人生の最期は幸せだ。

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