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ことばと、私

今、思うと私は バメンカンモクジだったのかな?と思う。
外来種生物ではない。場面緘黙児。

小学一年生、二年生の2年間、学校では、ほぼ発声しない子どもだった。求められた必要最小限度の言葉を小声で発するだけ。

授業内容もよく理解していたと記憶している。わからないことや困っていることは、記憶のなかには
ほぼ、ない。
心のなかは、さまざまに躍動していた。感じたり考えたり。

40人の子どもがひしめき合う教室で、ひっそりとそっとしておいてもらえた。そのありがたさを時々思う。(いや、結果そうなっただけかもしれないが)
 

ここのところの私。声が出ない。
声帯の腫れ、咳喘息。 
しかたない。
マスクの下で言葉を発せず、慌ただしい職場のなかや、人ごみのなかで生きている。

あ、
そうだなぁ。こんな感じだったかも。

随分昔のコドモの頃の感覚が、身体に蘇ってくるようだ。
喋らなくても心は自由に動いていた。喋らない分、いろんなことをみていた。友だちの様子や、教室からみえるゆっくり動いていく雲の形、リコーダーを吹く先生のリズムにゆれるつま先。そんなものたちを見つめていた。

小学三年生時の先生は、書き言葉による表現回路を開いてくれた。私は、心の中にためていた気持ちを書き言葉にしノートにおとしていった。

それは、とても、楽しいことだった。

黙っているのは、イヤでも苦痛でもなかった。その静かな世界も心地よかった。
けれども、書いて知ってもらう。友だちの思いを返してもらえる。そんな動きのある世界って、こんなふうなんだ。これも、いいな。

私は、それからたくさん書いた。そして、話すようになった。  

職場である小学校という空間のなかで、いろんな表しをする子どもたちと出会う。

黙っている子ども。たくさんおしゃべりする子ども。よく動く子ども。所謂「集団」という枠のなかには、はまりきらない様子の子どもたちだ。

そんな子どもの傍に行ってみたくなる。
その子には、どんな世界が見えているのだろうか、と気になるからだ。

そんなとき、子どもだった私が小さな声で語りかけてくる。

余計なことはしないで、ね。
でも
みすてないでいて、ね。
と。



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