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株価下落で機関投資家はどう動く?ボラティリティと資産配分の関係

株式相場の急落によって、投資家が資産配分をどのように変化させる可能性があるかという事について考えてみます。

昨日、「市場動向の確認と経済ニュースの注目点」の中で書きましたように、基準となる資産配分を持っている年金ファンドなどは株式相場の下落で下がった資産構成比を基準となるウェイトに戻すために株を買い増す可能性が高いと考えられます。

一方、多くの投資家がボラティリティの高まりで基準となるウェイト自体は下げなければならなくなる可能性があるとも書きましたが、その仕組みについて説明します。




 

ボラティリティと資産配分の関係

資産配分は保有している資産の相関関係(ある資産Aが上昇した時に、どの程度の関係性をもって資産Bが動くかなどを統計的に計算したもの)なども用いるので複雑ですが、ここでは単純化するためにボラティリティ(資産の変動性)だけに注目して説明してみます。
 
図表1は、資産Aから資産Eまでを均等なウェイトで持った時の資産全体のボラティリティを考えたものです。ボラティリティウェイトは「各資産のウェイト×ボラティリティ」で計算できます。
こうすると、ボラティリティの平均とボラティリティウェイトの合計は等しくなります。

図表1

ここで、この投資家が保有資産全体のボラティリティを下げたいと考えたとします。投資家はなるべく資産は効率的に使いたいので投資額は変えずにボラティリティだけを引き下げるとすると、ボラティリティの高い資産のウェイトを引き下げようとします。
 
図表2でボラティリティウェイトを一定にした時の基準となる各資産のウェイトを見てみましょう。

図表2


平均のボラティリティが25であった時に、ボラティリティが35あった資産Aの基準となるウェイトは12%となり、逆にボラティリティが10しかなかった資産Eのウェイトは41%にまで引き上げられることになります。多くの投資家は、自分達が許容できる最大損失額があります。最大損失額の範囲内で効率的に資産運運用を行おうとすると、ボラティリティの高い資産のウェイトを落としてボラティリティの低い資産のウケイトを上げることになるわけです。
 
次に、今回のようにある資産に大きな変動が起こり、想定されるボラティリティが上がったとします。

図表3

図表3をみると、全体のボラティリティが上がってしまうので、そもそもの投資ウェイトが下がる可能性があることに加えて、資産Aの基準となるウェイトが下がる可能性があります

資産Aは資産価格の下落によって基準となるウェイト以上に値下がりしている可能性もある事から、その分の買い増しはあるかもしれませんが、図表2にある元のウェイト12%には戻らず、今後は図表3にある8%のウェイトが基準となるわけです。

このように資産を保有する事で想定されるボラティリティが変化する事は資産管理を行う上での根本的な基準ウェイトを変えることになるので注意が必要です。

株式ファンドのように、インデックスとの乖離の中でリスクを把握するものに比べて、絶対的な基準ではなくボラティリティ(通常投資家はボラティリティをリスクとして捉えている)許容度を持って資産運用を行っている場合、ボラティリティの上昇が基準となる資産配分に与える影響はとても大きいといえるでしょう。

この様な視点で、日銀によるETF購入を考えると、とても工夫されたスキームであったことが分かります。とかく市場では、日銀が購入したETFの額が注目されてきましたが、日銀は購入にあたって、指数が一定上下落した時に購入する事をある程度市場に認識させた上で買入を行っていました。この様な買入の仕方を行うと、下落時のボラティリティがある程度抑えられることが期待されるために、特にグローバルで資産配分を行う市場参加者の保有可能ウェイトが上がる事が可能となります。つまり、日銀のETF購入は買入による需給の改善だけでなく、想定ボラティリティ(リスク)の低下による投資家の保有可能ウェイトの上昇という側面もあったのではないかと考えられるわけです。
 
これは、個別企業の場合でも同様です。企業の想定ボラティリティが下がると、同じリスク許容度の下ではポートフォリオに保有出来るウェイトが上昇することになるわけです。
 

ボラティリティは資産配分以上に個別企業への影響は大きい

ボラティリティが資産配分に与える影響を見てきました。これは個別企業に対しても同様であるという事も容易に理解できると思います。

ただ、個別企業に関してはボラティリティの影響はさらに強力です。
それはボラティリティの変化が企業価値に変化を与えるからです。

企業価値の計算では将来キャッシュフローを一定の割引率で割り引いて現在価値を計算します。
多くの場合、利益つまり、ここでいう将来キャッシュフローに対する議論が中心となりますが、企業価値の計算に慣れてくると、それを割り引く割引率の変化が与える影響が大きいことが分かります。

割引率は何で計算されるかというと、①主に株式のボラティリティによって計算される株主資本コストと、②負債と資本の組み合わせによって計算されるWACC、ということになります。

現在、企業が積極的に行っている株主還元は主にWACCの改善を目指したものです。もちろんこれは財務の効率化につながるので有意義なものではありますが、株式のボラティリティを積極的に低下させることにつながっているのかどうかは疑問です。最近では株主還元に対する予想があり、それを上回るか下回るかによって発表時に株価が大きく変動することもあります。そのような形で株価が変動すると、ボラティリティが上昇する事で、株式の需給以上の効果は得にくいという事になります。

勘が良い方は、これまでの議論から、配当額の予想可能性が低い配当性向よりも、予想可能性の高いDOEを投資家が好む理由も分かったと思います。

同様に自社株買いも予想可能性が高く、下落時のボラティリティを抑える形で実施する事が出来れば、割引率を低下させることによって企業価値を上げることが可能になると考えられます。

日本企業の場合、WACCの低下よりもボラティリティの低下によって割引率を引き下げる効果が大きい会社が多数存在すると考えられます。

私がCFOに財務戦略の説明で特に求めたいのはこの部分です。

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