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皐月まう著『パン屋 まよなかあひる』感想

 おはようございます、当方128です。
 今回は、一記事まるごと使って皐月まう様の連載小説『パン屋 まよなかあひる』の感想を綴らせていただきます。一記事あたり1,500字超えを毎回の目標に定めていますが、確実に超えてくるでしょう(約2,100字になりました)。それくらい書きたいことが多すぎる。

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 noteで初めて読んだまう様の記事は『しゅわしゅわの、クリームソーダの下を歩く』でした。以後2年間読み続け、書籍も4冊全て購入していながら感想を書いたことは一度もありませんでした。理由はそもそも私が感想文を書くこと自体大の苦手であることに加え、各記事、各作品があまりにも高尚過ぎて、この世にあるどんな言葉を使っても稚拙な感じにしかならない気がしたからです。「面白かった」「感動した」「文章表現が秀逸」……そんな安直な言葉で易々と語るわけにはいかない別次元に到達しているのではないか。

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 しかし、今作は稚拙でも小並感でも良いから一刻も早く感想を書きたい・伝えたい衝動に駆られる作品でした。1万字以上の過去2作品『少女よ、星になれ』『熱のたからばこ』とは異なり、かなり読みやすく、分かりやすく、何よりワクワクする話を仕上げて来たからです。もちろん過去作が読みづらい、分かりづらいと言っているわけでは決して無いのですが、比較論で言えば今作は輪をかけていると思います。

 そしてエンタメ作品としてのワクワク感が凄い。まう様は学生時代にパン屋でアルバイトをしていたほど無類のパン好きですが、だからこそパン屋の楽しさと、そこで働く辛さがリアルに描かれています。パン屋で真っ先に思い浮かぶ作品は『魔女の宅急便』ですが、万人受けする鉄板の題材でありながら、書ける人はパン屋を愛する人または仕事経験者に限られる難しさも兼ね備えており、そのいずれも持っている彼女だからこそ万人受けさえも狙えるレベルのエンタメを書けたのだと思います。一年半ほど前に「自分が読者のニーズを理解し、それを最優先にして書けばいい」というカッケエ名言を残しており、全てが計算なのでは? とさえ勘ぐってしまいます。

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 連載形式でありながら、1話完結型のストーリーも内包されているのが過去2作に無い特徴で、起承転結の秀逸さで言えば第4話が群を抜いています。愛瑠と同い年の男性・愛貴との出会いに始まり、彼の働くバーで顔を赤らめ、楽しい観光地デートで二人の距離を縮めていきながら、突き落とすかのように孤独の2文字で締める。

 その第4話が約8,800字と断トツで長く、気合の入れ方も違うように感じました。

「あひるちゃん。ようこそ、しまなみの街へ」
 ぱっと腕を広げた愛貴くんの背後は、わらわらと思い思いの方向へと向かう観光客でごった返していた。これがこの街の、本来の姿なのだ。

第4話より引用

 ここの表現が上手すぎます。アニメなどで良くある光景がイメージでき、楽しいことが始まりそうな予感を容易に感じられる。この3行を挟むことで、その後の飯テロ展開にも気持ち良く入っていけます。海鮮丼の味の表現は『きっと、日本一の海の幸』でも上手いと思いましたが、今作は異性と食べるからこそのほっこりも加わり、初めてのデート感がしっかり出ていました。

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 その一方で、過去2作で恒例だった“シリアス要素”は本作も健在で、実は冒頭から衝撃だったりします。500字にも満たない段階で、愛瑠は海に身を投げるつもりでボストンバッグの中身を全部流し、スマートフォンさえも葬ります。にもかかわらず、その後リッカさんのパン屋でトレイに10個ほども商品を載せ、普通に会計しているのです。とどのつまり、希死念慮がありながら、最低限の金銭を手放さなかったくらいには現世に微かな未練を残していたと読み取れます(間違っていたらすみません)。この微妙で繊細な心情を、直接言葉にせず愛瑠の行動のみで表現したことがまう様の凄さなのです。

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 まう様は「死」を扱う作品が総じて上手いです。「死の絶望」を「生きる希望」に繋げることで救いのある結末に持っていく構成がいつも秀逸で、最たる例が『』、究極形が『少女よ、星になれ』だと思います。

 そして本作は、希死念慮どころか本当に死のうとした愛瑠が第1話でリッカさんに“助けられ”、パン屋まよなかあひるで生きることを選び、最終話ではリッカさんの娘・リッカちゃんを“助ける”立場に逆転している。この対比すごく好きです。第7話読了時点で不安にならなかったといえば嘘になりますが、まう様を信じて最後まで読んで良かったです。

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 今作は初の“中編”(諸説ありますが概ね原稿用紙100枚(4万字)以上)という長さでありながら、他のSNSを読む限り僅か2~3週間で書き上げたと思われ、執筆の速さにも驚かされました。心からパンを愛しているからでしょうか。とても良いものを読ませていただきました。ありがとうございました。

 そして、遅くなりましたが、ご結婚おめでとうございます。末永くお二人でたくさんの本を読み続け、時々で良いのでまた作品を世に出していただけると嬉しいです。


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