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なんとなく、ワンピース 【ショートショート?】

 窓際のカウンター席が好きだ。斜めに差す光をガラス越しに浴び、新緑のケヤキ並木を眺めながら飲むカプチーノは格別に美味しい。3回生ともなると講義は少なくなり、毎日2限から始まる履修形態となった私は、大学に向かう途中にある表参道のカフェでノートとタブレットを開き、予習をしながら優雅な朝を過ごすのが日課になっている。

 4月も半ばに入ると常連客の顔ぶれも覚えてきた。タイトスカートと黒ストッキングのラインが美しいキャリアウーマン、日経新聞で株価をチェックする七三分けのサラリーマン、始業ギリギリまで赤本と睨めっこをする受験生のJK、そして同じ大学に通う一欠ひとかけ君。学部が異なる彼とキャンパス内で会うことは無いが、その眉目秀麗で高身長の出で立ちから私の学部でも噂になっている。

 今となってはカフェに毎日通う動機は他でも無い彼である。一昨日は【好きなひとができたのワンピース】を身に纏い、昨日は【可愛いって思われたいのワンピース】、そして今日は【本命は貴方だけなのワンピース】で3席隣の一欠君にアプローチを続けているが、彼の視線は田中康夫の文庫本から一向に離れようとしない。

 洋服だけでは振り向いてくれない。そう悟った私は翌日、ダイソンエアラップマルチスタイラーで髪を巻き、春らしい花柄の【ウェーブ巻きが似合う子のワンピース】で大人ガーリー感を出してみた。その翌日は【ちょっぴり小悪魔なあの子のワンピース】で趣向を変え、更に翌日は【今日も悪魔のふりをしたあの子のワンピース】で畳みかけると、ようやく一欠君は視線をこちらに2秒だけ向けてくれた。

「隣、良いですか?」

【思わず見惚れるワンピース】を着た日、転機は訪れた。カウンター席がほぼ満席状態で、一欠君の隣しか空いていなかったのだ。

 冷静に考えればカウンター席に相席という概念は無いが、それでも恐れ多い気持ちから声をかけてしまった。彼は少々戸惑いながらも承諾した。いつもハート型のラテアートを描いてもらっているカプチーノをわざと彼の目に留まる位置に置いた。

「ここのカプチーノ美味しいですよね」

 偶然一欠君も同じものを飲んでおり、私のこの一言をきっかけに雑談が始まった。程なくして大学の話になり、学部は違えど数学や心理学など履修科目と教授が一部共通していることが判明、そのいずれも苦手な彼は講義に付いていけず悩んでいた。

 これはチャンスと、私は鞄を持ってお手洗いに行き、この時の為に常に仕込んでいた服に着替え、席に戻る。

「分からないところを教えるから一緒に勉強しましょうよ」

 一欠君はOKしてくれた。LINEの交換にも成功し、カフェ通い20日目にして大きな一歩を踏み出した。【記憶に残りすぎて彼がlineを聞いてくるワンピース】に着替えたのが功を奏したのだろう。

 翌日の放課後、大学の図書館で二人きりになった。私が着ているのはもちろん【図書館で勉強を教えてくれる女の子のベロアワンピース】。私の教え方が好評だったらしく、以後勉強会は毎週開かれるようになった。翌週は【笑顔が似合う女の子のワンピース】で勉強中も終始ニコニコ、その翌週は【あの人にウインクする私のワンピース】でウインクを連発した。

 そろそろ行ける、次で告白しよう。そう決意してからはドキドキが止まらなくなった。6回目の勉強会を翌日に控えた夜、パジャマではなく【彼のことを考えてたら眠れなくなっちゃうワンピース】を身に纏いベッドに入ったが、結局一睡もできないまま朝を迎えた。アルフェで目を覚まし、チョコラBBで寝不足の肌荒れを少しでも抑え、【私の背中を押してくれるワンピース】を着て決戦の地、図書館へ向かう。

「貴方のことが好きです。付き合って下さい」

 休憩時間に中庭で告白した。一欠君は「ちょっと考える時間が欲しい」と言うので、【告白のお返事を待つ私のワンピース】に着替えて勉強を再開した。帰る頃には「付き合おう」と言ってくれた。

 私たちはたくさんデートをした。【黒猫と遊ぶワンピース】を着て猫カフェに行ったり、【アイスクリーム屋さんでひと休みするワンピース】でコールドストーンに行ったり、【薔薇の花を12本もらった彼女のワンピース】を着た日は一欠君が薔薇の花を12本買ってくれた。純愛映画を観賞する日は【休日は劇場に行く女の子のフレンチワンピース】、おしゃれなイタリアンに行く日は【シャンデリアを照らすワンピース】を着用。シャンデリアに照らされながら彼と談笑する時間はとても楽しかった。【ハーフアップが似合う女の子が夢の国で着ていたワンピース】を着て夢の国にも行った。

 あっという間に一ヶ月が過ぎた。【一ヶ月記念日だからちょっぴり特別感を出したいウエストマークワンピース】を着てデートをした。途中【私にそっとキスをしたワンピース】に着替えて港の見える丘公園の展望台に行ったら、一欠君は私にそっとキスをしてくれた。別れ際、桜木町駅のホームで抱き合った。電車が来ても「もうちょっと、、」と彼の袖を掴み、彼はキュンとなり、電車を3本見送った後ようやく解散した。実は駅のお手洗いで【バイバイするときに「もうちょっと、、」って袖を掴むと彼がキュンとしちゃうワンピース】に着替えていた。私はとても幸せだった。この感情が永遠に続けば良いのにと思った。


 ***


 2年が過ぎた。吉祥寺のワンルームから見上げる夜空は星が一つも無かった。【夜空に輝く星を見上げるワンピース】を着ているのに。思わず涙が零れた。

 お互い社会人になった。私は都内でOLをしているが、一欠君は全国に支社がある大手から内定を貰い、赴任先が大分になってしまった。毎日LINEしても心は満たされなかった。ビデオ通話の際はいつも【遠距離の彼に思いを馳せるワンピース】または【ふたりで暮らしたいのワンピース】を着用したが、叶うはずもなく。

「お盆休み、海外旅行しない?」

【手を差し伸べてくれたお姉さんのワンピース】を着た先輩が落ち込んでいる私を見兼ね、手を差し伸べてくれた。思い切って二人でパリへ向かった。

 パリのアンティークショップで【パリのアンティークショップで購入したワンピース】を購入した。着てみたら久々に晴れ晴れとした気分になった。この2年間、ずっと一欠君のためだけに何十着ものワンピースで着飾っていたことに気付く。今私は初めて“自分のために”おしゃれをしているのかもしれない。

 帰国後は【泣かないと誓った私のワンピース】と【自分らしくいられるワンピース】を交互に着続けた。他の30着近いワンピースはしばらく箪笥に眠らせた。お互い資金を貯めたら結婚する約束をしているのだ。その日が何年後になるかは分からないが、いずれ必ず訪れることを信じて、今日も自分のためにお気に入りのワンピースだけを身に纏う。

(約2800字)


※作中に登場するワンピースはこちらのサイトより引用しました。


あとがき

 何これ……?

 連続小説が第三話でストップしているのにこんなカオスな話を書いちゃって本当にすみませんでした。春らしくワンピースの記事を書きたかっただけなのですが、どうしてこうなった……。

 ちなみに案件では決してありません
 タイトルの元ネタは田中康夫さんの某作品です。

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