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【朗読】黄昏どきに

所要時間:約2分
人数:1人用
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俺がこっちに来て早いものでもう3年になる。
がむしゃらに働いた結果、掴んだチャンスをモノにした俺は新しいプロジェクトのリーダーとして、シンガポールにいる。
仕事に関してはなんら後悔することのない俺だが一つだけ心残りなことがあった。そう、キミがここにいないことだ。

俺がキミに出会ったのは入社式のときだった。
前日まで大学時代の悪友と飲み明かした俺は入社式当日に寝坊をした。
急いで家を飛び出し、タクシーを掴まえたが入社式に間に合うかどうかは道路状況次第といったところだった。

乗り合わせたタクシーのドライバーがベテランドライバーだったこともあり、渋滞を回避できた俺はなんとかギリギリで入社式に間に合った。

ただ、自分の席の場所がわからず会場でオロオロしていた俺に声をかけてくれたのがキミだった。

キミ 「あの~、たぶんここの席だと思いますけど。。。」
俺  「あっ、ありがとうございます。」

キミは慌てふためく俺をみてなんだか一緒に慌てていたね。
そのあと、入社式の恩人であるキミになんでも晩飯を奢ることになった俺にキミはこう言った。

キミ 「あの~、それでしたら牛丼屋さんで牛丼を食べてみたいです。」
俺  「えっ。」

なんでもキミは上京したら牛丼屋さんで牛丼を食べるのがひそかな夢だと
話してくれたね。

その後、同じ部署に配属となった俺とキミはなんとなく話もあうことから、次第に打ち解けていった。週末に映画を見にいったり、カラオケにも行ったりする仲だったね。

入社して3年が経った頃、次第に大きな仕事を任されるようになった俺は、食事や寝る間も惜しんで仕事に没頭していった。それを心配してくれたキミは、食事や身の回りの世話までサポートしてくれるようになった。

今、考えれば俺は完全にキミに甘えていたんだと思う。
俺のなかで次第にキミを都合のいい女にしてしまっていた。

頑張った甲斐もあり、海外での新しいプロジェクトのリーダーとして抜擢された俺は最高に浮かれていた。自分が成功者になったと勘違いしていたのだ。将来を有望視されていた俺にここぞとばかりに近寄ってくる連中を相手にやりたい放題だった。(今、思えばそんな時もキミだけは真剣に俺のことを心配してくれていたんだよな。)

海外に赴任するとなった時、ひとづてにキミが会社を辞め、郷里に帰ったことを聞いた。その時になって、はじめて自分の気持ちに気がついたが時すでに遅しだった。

失意のままここにきて3年が経つ。
黄昏どきに空を見上げてこんなことを考えた。
今頃キミはどうしているだろうか?
もしも、キミにもう一度会うことが叶うのならこう言わせてほしい。

「ありがとう。キミのおかげで大人になれたよ。」

End



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