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紫陽花を 👮‍♂️17:00【シロクマ文芸部】

( 前 話 / 目 次 )


紫陽花を見るために鎌倉へ行ったときのことを思い出していた。6月生まれの妻は紫陽花が好きで、幼い明里を連れて電車に乗って紫陽花が有名なお寺に行ったのだった。その日は雨が降っていたが、明里は赤い傘と長靴を履いて楽しそうに歩いていた。紫陽花を見たあと、タンシチューが有名なお店で昼飯を食べてから鶴岡八幡宮へ向かった。

「どうしよう、どうしよう…」

明里がつぶやいて、しゃがみ込んで泣き出してしまった。どうしたのか聞いてみると、一緒に連れてきたクマのぬいぐるみがいないことに気づいたのだった。きっと、昼飯を食べたお店に忘れてきてしまったのだろう。鶴岡八幡宮に行くのはやめて、お店に戻った。店員さんに確認したところ、店の奥からクマのぬいぐるみを連れてきてくれた。明里は泣きながらクマのぬいぐるみを抱きしめていた。

「どうしよう、どうしよう…」

いま、弘樹の足元でピザ屋の配達員がしゃがみ込んで泣いている。目の前にいた忍者戦隊シノブンジャーのコスプレイヤーに声をかけた。

「どうされました?」
「いや、違うんです。この子が急に泣き出したんです」

今度はピザ屋の配達員に声をかけた。

「どうされました?」
「どうしよう、どうしよう…」

「落ち着いて、何があったんですか?」
「せんざい…」

「せんざい?」
「食器を洗う…、洗剤です…」

「ああ、その洗剤。洗剤がどうされました?」
「容器がなかったから…、『弱炭酸』の容器に…、洗剤を入れたんです…」

「それで?」
「その『弱炭酸』を…、ハッタリくんが持っていったみたいなんです…」

「ハッタリくん!君はハッタリくんに会ったのか?ハッタリくんが洗剤入りの『弱炭酸』を持っているのか!」
「そう…、みたいです…。でも…、会ってはいないです…」

なかなか要領を得ない。弘樹はシノブンジャーにも事情を確認したところ、ユーザーミーツから受け取ったドリンクを取り間違えてしまったと説明してくれた。本来、ハッタリくんが受け取るはずだった『強炭酸』をシノブンジャーが持っているとのことだった。

これで点と点が線でつながった。

同期の刑事の伸三から17時にスクランブル交差点で毒物がばら撒かれる噂があると聞いていた。不審者を探して巡回していたところ、忍者ハットリくんのコスプレイヤーが不審な動きをしていた。職務質問したとき、明らかに目が泳いでいた。そして、そのハッタリくんが『強炭酸』を受け取る予定になっていた。わざわざドリンクだけをユーザーミーツを使って注文する奴がいるだろうか?

おそらく、この『強炭酸』には毒物が入っていて、受け取ったハッタリくんがばら撒く予定だったのではないか?

あまり詳しい説明はせずに、確認したいことがあるからと二人を連れて交番に戻った。

「すまないが事情聴取をしといてくれ」
「なにが起きたんですか?」

「毒物が…」

(いや、毒物の話はまだ内密だった)

「ちょっと事件を追っててな、マルタイは忍者ハッタリくんのコスプレイヤーである可能性が高いんだ。この二人はハッタリくんを見てる。いや、見たのはシノブンジャーだけか」
「わかりました」

「それから、この『強炭酸』は金庫にしまっておいてくれ。重要な証拠だ」
「弘樹さんはどうするんですか?」

「俺はハッタリくんを追う」

ハッタリくんは毒物を受け取っていると思っているはずだ。つまり、まだハチ公前広場にいる。

ハチ公前広場を今度は時計回りに探し始めた。渋谷駅のハチ公口改札前に差しかかったとき、スクランブル交差点から歓声があがった。どうやら噂通りにゲリラライブも始まったらしい。ハチ公前広場の全員がスクランブル交差点に視線を向けた。

そのとき、宝くじ売り場の裏の階段に人影が見えた。ペットボトルを宝くじ売り場の側に置いてワイヤーを伸ばしている。

そうか!ペットボトルロケットをスクランブル交差点に向かって発射して毒物をばら撒く計画だったのか。

「おい、そこで何をしているんだっ!」

階段にいた人影はレバーらしきものを握るとペットボトルロケットが弧を描きながら飛び上がった。スクランブル交差点の上空はペットボトルロケットから噴出された大量のシャボン玉で埋め尽くされた。

(つづく)



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