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記憶の不思議

本を読んでいて、ある場面にさしかかったとき、「あ、この話、前に読んだことがある!」と気がつくことがある。
デジャヴ、というわけではない。
ただ、読んだことを忘れていただけだ。

太宰治「正義と微笑」を読んでいたときのこと。
『馬鹿な奴だ!』『こんな馬鹿がいるために世の中がどんなに無意味に暗くなる事か』
主人公が、心のなかで叫ぶ場面。
このフレーズ、確かに読んだ。
高校か、大学か。なんで気がつかなかったんだろう。ここにさしかかるまで、初めて読むものとして読んでいた自分が、ちょっと怖い。

先日、朝の電車で、同じことがあった。
新美南吉童話集の中のお話。
ある田舎に、都会から若い教師が赴任してくる。
生徒を指すときは「君」と呼び、読めない字をごまかして音読する生徒には、「え?」「え?」と、一々聞きとがめる。
そんな洗練された振る舞いに、主人公は魅了される。
この場面で、記憶の糸が引っ張られた。
たしかに子供のころ、これを読んだ。
一気によみがえる記憶。

埋もれたり、混ざったり、すりかわったり。
記憶というのは、不思議なものだ。
こわいような、嬉しいような再会。

こんなふうに本と出会うこともあるのだから、年を取るのも、悪くない。

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