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子供が「好き」とはちょっと違う

皆さん子供は好きですか(サムネはキツネですが)?割と定番な質問かと思いますが、雪猫はいつも「うーん、そんなに」とか「普通です」とか言いがちなんですよね。
ここでごちゃごちゃ考えず「はい、普通に好きですよ」って答えられたらどんなに気楽かって思いますが、例によって頑固なので……。

今日は、そんなお話です。



本日のご挨拶

こんばんは、雪猫なえです。
時間帯的に本日も遅筆です(「遅筆」って言葉初めて使いました)。

実は体調が優れませんで、ダウン直前というかダウンしているというかダウン気味というか、そんな今日でございまして。

あ、探してると出会えなく探さない・不要なときにはいっぱい出会うってあるあるですよね。ポケモンでもそうですが、コンビニでもそのようで、雪猫が中華まん食べたい~!!ってときに行くと「加温中」とか「準備中」とかで、なんなら売り切れのときもあって悲しい思いをするのですが、別に買う気なく入るといっぱいあったりするんですよね。なんなんでしょうね本当に。
とまぁそんな感じで(どんな感じ?)今日もローソンに行ってきたのですが(コンビニだったらローソンが一番好きなんです)。昨日買えなかった物を買いに行ってきました。爆食は生活荒廃への黄色信号なのでちょっとやっぱり少し弱っているんですかね。

それでもやるべきこと欠席せず外に出てきたのは自分で褒めます(最後に自画自賛ぶちこんでくるな)。

それではそろそろ本題に入りましょうか。



「子供」

一括りに「子供」と言っても、幅がありますよね。
幼稚園児は好きだけど中学生と話すのは苦手、その逆もいらっしゃるでしょう。

雪猫が今日お話するのはそうですねぇ……小中学生だと思ってもらえるといいかもしれません。結構幅があるのですがそこはすみません。関わる頻度が高いのがその年代なので。小学生は、低学年~高学年まで幅広いですが、すみません。



「好き」

「好き」の定義って結構難しいなぁなんて思うのですが、それは「好き」に幅があるからですよね。
雪猫は「好き」の根拠によって仕分けているんだと思います(自己分析)。

損得が絡むが故の好き(具体例:上手くなれるから好き、タメになるから好き)、純度の高い好き(具体例:下手だけど、行為それ自体が楽しいから好き、無条件で好き)などなど。



「子供が好き」

今からものすっごい偏見を言いますよ。いいですか?不快になっても自己責任ですからね?このご時世、情報リテラシーは大事なスキルですよ?(何様)

「子供が好きなんですよね」っていう台詞が嫌いです。

なんか、軽率な気がして、好きじゃないんですよ。あ、本当に完全な私見ですし、恋愛脳ゆえかもしれませんが(その説が濃厚:あざとい女子の代名詞なイメージがある)。なんか、「本気で言ってる?」って思ってしまうんですよね。



本物の「好き」

あの、本当にいけ好かないこと言いますよ。共感してくれなくて全然いいです。あの、(主に女子の)「子供好きですぅ~」「(子供を見て)可愛いぃ~!」が結構嫌いです。はい、完全に個人の趣向です。悪意ある表記ってこともわかっています。

大事に思えば思うほど、好きであれば好きであるほど、誠実に向き合おうとすればするほど、深く考えるので簡単に形容できなくなりませんか。

これ、何事もそうなんですけど、浅いところで留まっているから「好き」って言えるんじゃない?と思ってしまいます。だって、子供って綺麗な面だけで収まらない最たる例じゃないですか。子育てって、生ぬるいものじゃないでしょうし(したことありませんけど)。
漫画家さんの「漫画が好きなので」と趣味でちょっと描いてる人の「漫画が好きなので」は、やっぱり重みが違う気がするんですよね(あの勿論プロでなくても素晴らしく上手い方も苦労している方もいらっしゃるんですけどね。やっぱり外観というものは一つの基準ですし、境界線はあると思うのです、紙一枚分だとしても)。
要は、泥水も含めての「好き」かどうかってことに固執しているんでしょうね、雪猫は。

大変面倒くさい性格をしているものでこんなへんてこりんなこと言い出すんですよね。わかっているんですが、止まらないやめられない(おい)。フライドポテトやスナック菓子と同じです(断じて違う)。

何も考えていないから、見えていないから、安直に簡単に「好き」と言えてしまうんだろうという面倒くさい思考です。先にも言いましたが理解できねーでいいです。多分それ正解です(苦笑)。



ではどうなの?好きなの?何なの?

では結局雪猫は子供に対してどう思っているの?っていうお話なんですが。
端的言うと、そして「好きか嫌いか」でいうと「好き」だと思います。

でも、上記の通り、あとは肌感で、「子供が好き」とは何か違うんですよね。自分じゃ「好き」と思っていないけど、いざ関わってみると「楽しいかも」とか充実感とか、そういうプラスの感情がいっぱい湧くという感じです。「やってみて実感」を重ねるという感じです。だからまだ「好き」という確証も自覚も感覚もないです。なんなら、雪猫は自分は子供はあんまり好きじゃないと思ってますし。不思議なものですね。



愛が重いが故

矛盾していることを書きますが、好きだからこんなに辛辣なんでしょうね。逆説的思考ですが。もしくは、真剣に考えているからこんなに辛辣なんでしょうね。好き嫌いとか関係なくても、真剣に考えてはいるようです。



終わります

今夜も夜が深まって参ります。今日も今日とてお疲れ様でした。


それでは今日はこの辺で。また。

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